05 戦う理由
「久しぶりだな、お前ら……」
開口一番、偉そうにそう告げたオルブルは、腕組みをしながらこちらを見回す。
しかし……なんだ、二人のその格好は?
オルブルの場合、少し短めに髪を切ったのはいいとして、薄汚れたシャツにオーバーオールといった出で立ちは、魔導宰相などと呼ばれた頃の面影はなく、まるでどこにでもいる普通の肉体労働系なおっさんみたいだ。
そして、奴の後ろに控えるキャロメンスだが、こちらは見慣れない格好で、おしとやかに佇んでいる。
そんな姿が、なんだか以前のイメージと違い過ぎるわ。
しかし……あれは確か、異世界の書物で見た、日本とかいう国の『大正時代風・女給スタイル』というやつではなかろうか?
獣人族は、基本的にラフな格好をしている者が多い事もあり、キチッとしたキャロメンスの服装は、なにやらギャップ萌えを誘発してくるな……。
まぁ、そんなオルブルの趣味であろう、キャロメンスの格好はさておいて!
「オルブル……貴方はいったい……」
「おっと、待った!その前に、俺はオルブルという名を捨てたんだ。今は『シンヤ』と名乗っている」
シンヤ……それは確か、私の元肉体に宿っている、異世界人の魂の名前。
そうか……。
偽名……というか、本名を名乗っているという事は、本気で旧魔王軍とは、縁を切るつもりなんだな。
「私も今はキャロと名乗ってる、旦那様がそう呼んでくれるから」
旦那様って……。
まぁ、こっちはあまり変わりばえしない……というか、ただの愛称のような気がするけど、本人はすごく満足そうだ。
ふぅん……好きな人から、愛称で呼んでもらえる、か……。
べ、別に羨ましくなんか、ないんだからねっ!
「それで、その『職場から抜け出して来ました』と言わんばかりのスタイルでこの場に現れた、貴方達の目的はなんですか?」
「断っておきますが、ワタクシ達はそちらに構っている暇は、ございませんわよ!」
因縁のある、私とヴェルチェが睨みを効かせるが、フッ……とオルブル達は小さく笑い、特に身構える事もしなかった。
「まぁ、そう警戒しなさんな。俺達はもう、お前らとコトを構えるつもりはないんだからな」
「なん……だと……?」
意外なオルブルの言葉だったが、キャロメンスもコクリと頷いて従う意思を示す。
本当に、リベンジ目的でここに来た……という訳ではないのだろうか?
「まずは、お前らが戦いの後に置いていってくれた、回復薬のお陰で助かった事に礼を言おう。ありがとうございます……とな」
なにやら格好つけながらも、オルブル達はペコリと頭を下げた。
そんな彼等に、私達もつい、どういたしまして……と、礼を返す。
むぅ……こうも素直に礼を言われると、なんだか調子が狂うな。
「正直に言えば……お前らにやられて揚げ句、情けをかけらた事はちょっとラッキーと思いつつも、悔しい気持ちもあった……」
そう切り出して、オルブル……いや、シンヤはこの一年の間、どう過ごしていたのかを語りだした。
◆
お前らにやられて、意識を取り戻してから、俺達は早々に魔界を脱出した。
万が一、ボウンズールやオーガンの野郎が勝てば、内心では厄介に思っている俺達を、消しに来る事は目に見えていたからな。
そうやって、しばらくの間は人目のつかない場所で身を隠していたが、やがてお前らがボウンズールをしばき倒し、魔界を支配下に置いたという話を聞き、それに伴って魔族達も各地で交流を持ち始めた。
だからそれに紛れて、俺達も行動を開始したのさ。
まずはキャロと共に大きな街に潜り込み、そこで一般の労働者として働きながら、体を鍛える事からスタートした。
なんせ、エリクシアに敗北した根本的な問題は、単純な肉体の鍛練の差だと思われたからな。
魔法ばかりでなく、そちらも磨く事で今度こそ負けないと心に誓った訳だ。
そうして、昼は肉体労働で基礎となる筋力を鍛え、夜はキャロと組手をしたり、ベッドでいっぱい頑張ったりした。
そうしているうちに……。
◆
「……できちゃいました♥」
「愛の結晶……旦那様との♥」
ポッと頬を染めた二人は、お互い寄り添うようにして、幸せな報告をしてきた。
って、おぉい!?
「なんですか、それは!なぜ、唐突におめでたい報告を聞かされたのですか!?」
「近況報告だと言ったハズだ。ついでといってはなんだが、俺達結婚もしました」
『それは確かに、身近な大事件ではありますけどね(なっ)(ねえっ)!?』
にこやかに、お互いの薬指にはめたリングを見せてくるシンヤとキャロに、私達は全員が同じ感想で声をあげた!
こちらが一年もの間、前魔王軍との後始末に奔走していたというのに、のんきに幸せな家庭を築きおって……おめでとうございますだ、この野郎!
「……というか、人間の国に普通に溶けんで働いてるなんて……どおりで、魔界周辺を探索させても、行方が知れない訳です」
まさか、こんな身近にいたとは、近すぎて気がつかなかった。
いわゆる、灯台元暗しというやつか。
「しかも、肉体労働をしていたとはね。アンタなら、もっと魔法関係の仕事をするかと思ってたよ」
感心するような呆れるような、そんなデューナの言葉に、シンヤはフッ……と小さく笑った。
「肉体労働には、体の様々な部位を鍛える要素があるからな。しかもお賃金まで貰えるんだから、最の高ってやつよ」
そういえば、異世界の書物にも肉体労働から得られる、トレーニングの効果について記した物があったっけ。
元異世界人であるシンヤが、それを知っていて実践するのは、ありえる話か……。
「まぁ、そんな感じで、俺には守るべき家族ができた訳だが……」
そこで言葉を区切ったシンヤの顔が、いやになく真面目な物となった。
「そこへ来て、あの破壊神の宣言が俺達にも聞こえた!」
そうか……あの宣言は、全ての種族に向けていたと言っていたもんな。
「愛する嫁のためにも、これから産まれてくる子供のためにも、この世界を破壊させる訳にはいかないだろう!」
「素敵……旦那様……」
ギュッ!っと拳を握ったシンヤに、キャロも熱い視線を送る。
「そう思ってた矢先に、城で激しい戦闘があった……その規模から予想して、お前らが関わっていると推測して、こうしてやって来たわけだ」
「なるほど……」
彼等が、急に現れた理由はわかった。
「俺達だけではどうにもならんが、お前らの事だから、破壊神を倒しに行くんだろ?だったら、協力しあえるんじゃないか?」
ううむ……その申し出は、正直ありがたい。
彼なら、抜けるデューナの穴を埋めるには、十分な実力者だ。
しかし、奴は策士だけに、それを「ハイ、そうですか」と素直に受け入れる訳にもいかない。
「わかりました!そういう事なら、力を貸してください!」
……と、思ってたら、ルアンタがすんなり受けちゃったよ!?
んもう、素直っ!
「ル、ルアンタ、もう少し警戒を……」
「大丈夫ですよ、先生。オル……シンヤさんが、キャロさんに向ける眼差しは、本物です」
キラキラした目で私を見ながら、ルアンタはそう断言する。
確かに、キャロを見つめるシンヤの眼差しは、今のルアンタによく似てるから、共感もしてしまうのだろう。
「ルアンタ……貴方の信じる心は尊いものですが、彼を連れていくメリットとデメリットを秤にかけると……」
「空間魔法とか駆使して、どこでも安全な休憩スペースを作れたりします」
んんんっ、魅力的ですぞっ!
それだけでも、メリット側にお釣りがくるわっ!
「……わかりました。ですが、元は敵だった貴方の言葉を、全て信じる訳にはいきません」
「まぁ、お前さんならそう来るかもとは、思っていたよ。それで、どうすれば信用してもらえるかな?」
「そうですね……キャロを人質として、デューナに預けてもらいましょうか」
「せ、先生……」
うう……そんな悲しそうな目で、私を見ないでほしい。
だが、こればかりは仕方ないのだ。
「いやぁ、そいつは渡りに船ってやつだな!」
あれ?
万が一の時のために、キャロと引き離しておく為の提案だったのに、喜ばれてしまったぞ?
「元々、身重になったキャロを連れていくつもりはなかったし、今の魔界なら子供を産むには、いい環境みたいだからな。何より、デューナほどの猛者に預かってもらえるなら、いざって時にも安心だ」
そ、そうきたかぁ。
まぁ、言ってる事は間違ってないし、こちらの提案を受けるというなら、これ以上は何も言う事もない。
「……わかりました。ルアンタも賛成のようですし、ヴェルチェも構いませんね?」
「ルアンタ様とエリ姉様がヨシ!とおっしゃるなら、ワタクシも異論はありませんわ」
「感謝するぜ。改めてよろしくな、勇者様方」
そんな風に差し出されたシンヤの手を、私達は代わるがわる握っていった。
◆
「……んで、破壊神の所に向かうとして、何かアテはあるのか?」
シンヤからの質問に、私達は皆しょんぼりとした目を向ける。
彼も「マジか……」と、呟くが、実際に記録も残っていない破壊神の居場所など、雲を掴むような話で、何処へ向かえばいいのかわからないのが現状だ。
「……んん、指針になるかはわからんが、ひとついいか?」
私達の説明を聞いたシンヤは、早速なにやら意見を告げてきた。
「どの種族の国でもいいんだが、何か今の技術では作れない、魔道具なんかが発掘されるダンジョンの類いはないか?」
今の技術では不可能な魔道具……それを聞いた私とルアンタの脳裏に、あるアイテムが浮かんだ。
それは、ルアンタから提供され、私の『女神装束』に組み込んだ、無限とも思える魔力を生み出すあの宝珠!
そして、それを手に入れたという、地下ダンジョン。
「『マリスト地下墳墓』……」
その呟きに、シンヤは反応した。
「そういった、オーパーツが発掘されるダンジョンは、太古に滅びた文明の遺跡な可能性が高い。そこを詳しく調べれば、何かしら破壊神に繋がるヒントを得られるかもしれないぜ」
おお、なるほど!
そういった、古いダンジョンからヒントを得ようという発想は、正直なかった!
ちょっと悔しいが、さすがは元異世界人、目の付け所が違うな。
「フフッ、超古代文明とか好きで、伊達にガキの頃に『〇ー』とか読んでた訳じゃないからな」
その『ム〇』とかいうのがなんなのかは知らないが、私の読んだ書物の中には無かったな……。
機会があれば、一度は読んでみたいものだ。
「とにかく、その『マリスト地下墳墓』を調べれば……」
「あー、悪いがそりゃ無理だ」
シンヤの言葉の途中で、少しバツが悪そうに、デューナが口を挟んでくる。
「無理って……どういう事だ?」
「完全に崩落しちゃってるんだよ、アタシ達と毒竜団との戦いで」
……あ、そういえば、そんな事を言ってた!
敵が自爆しようとした所を、デューナとルアンタが協力して、崩落する地下ダンジョンを突き破って脱出したって話だったな。
でも、そうなると……マズいな。
せっかくの手がかり入手できそうだったのに、アテが無くなってしまったわ。
まさか、崩れ落ちた地下ダンジョンを掘り返すなんて真似はできないし、それをやったとしても何十年かかるかわからない。
「……諦めるのは、まだ早いぞ」
だが、それまで静かに話を聞いていた、ミルズィーの代表やアーレルハーレ達が、スッと立ち上がった。
「そういったダンジョンを探せばいいと言うなら、冒険者ギルドを総動員して情報を集めよう」
「私も国に戻って、精霊王様にお尋ねしてみましょう」
おおっ!
人海戦術の冒険者ギルドに、古の精霊王か!
それなら、『マリスト地下墳墓』のような、古代のダンジョンの情報が掴めるかもしれない!
「よろしくお願いします、皆さん」
「うむ、我々もできる限りの努力はしよう」
「この世界の命運が、かかっていますからね!」
先程までは、消極的な意見しか出せなかったアーレルハーレ達も、反撃の糸口が呈示された事で、瞳に力が戻っている。
見えてきた一筋の光明に、私達の高揚感と連帯感は、いやがおうにも高まっていくのだった!




