04 やって来た男
「ぬあぁっ!アタシに不意打ちくれたのは、どこのドイツだぁい!?」
ラサンスの攻撃で、壁の向こうへ吹き飛ばされたデューナが、再び壁を突き破って戻ってくる!
「もうちょっとで、ニーウにママの愛を叩き込める所だったのに……ぬ!?」
しかし、すでに戦いの気配が霧散していた様子を見て、デューナは怪訝そうに眉をひそめた。
ひとまず……彼女にも、何があったかを説明しておくか。
◆
「ふぅん……破壊神の眷族、二匹の神獣ねぇ」
部屋を移し、少し落ち着いてから私達の話を聞いたデューナは、ため息を吐いてどっかりと椅子に体を預けた。
「それにしたって、『千の頭』とか『万の尾』とか、聞くだけでヤバいじゃないか」
デューナの言う通り、この世界のモンスターの中には、長い年月を生き、強くなった証しとて頭や尾が増えるタイプの物がいる。
前に倒した、『トリプルヘッド・バジリスク』や、『ナインテール・コカトリス』みたいな奴等もその一種だ。
ニーウ達が言っていたのが、そういうタイプのモンスターなら、まさに想像を絶する怪物であり、神の眷族とか神獣なんかと呼ぶに相応しいだろう。
「『千の頭を持つ竜』……さしずめ、『千頭竜』って所か」
……んん?
なんだろう、その呼び方には、そこはかとない卑猥な響きがあるような?
気にしすぎかな?
「そうなりますと、『万の尾を持つ虎』は『尾万……』」
「ストォォップゥ!!!!」
私は思わず、ヴェルチェの言葉を遮った!
なんかヤバい、なんかヤバいって!
それ以上、言ってはいけないと、私の中で警鐘が鳴り響いる!
どこからか、怒られそうな単語を口にしようとしたヴェルチェを嗜め、私は普通に呼ぶことを推奨した。
何となく、私の言わんとする事を察した面々が、やんわりと賛同してくれたため、呼び方の話は終わり!
さぁ、切り替えよう!
「しかし……あの『イコ・サイフレーム十二使徒』だけでも厄介なのに、さらにそれを上回る存在が増えるというのは、頭が痛くなりますね……」
私の言葉に、他の皆も重苦しい表情で頷く。
しかも……よくよく考えてみれば、神獣復活を阻止しようにも、どこに封印されているのか、私達には手がかりすら無いのだ。
ラサンスに対して、絶対に神獣復活なんてさせないんだからねっ!とか啖呵を切ってしまったが、こうも行く先が見えないと、なんだかそれ自体が恥ずかしくなってくる。
「……今現在、私達にできる事は、民の不安を極力抑えて、守りを固める……くらいでしょうか」
とりあえず、現状を踏まえた意見として、アーレルハーレが言葉を発した。
「そうですわね。それに、破壊神に感化されたモンスターが、活性化するなんて可能性もあり得ますわ」
「そうなると、冒険者達の力も借りねばなりますまい」
アーレルハーレに続いて、ヴェルチェや人間の代表も国の運営について、話を進めていく。
ふむう、やはり人の上に立つ立場の者は大変だなぁ(他人事)。
エルフ王族(仮)とはいえ、基本的にこの身ひとつで気楽な立場の私は、様々な意見が飛び交う会議のなかで、違う問題について思いを馳せていた。
すなわち、誰が神獣の復活を阻止しに行くのか、についてだ。
復活したら全てが終わり……なんて、十二使徒が豪語していた以上、こちらも後手に回る訳にはいかない。
だとすれば、復活を目論む十二使徒とかち合う覚悟で、探索隊を出さなきゃならないのだが、そんな時に奴等に対抗できそうなのは……そう、私達だけである。
そして、そういった答えが導き出されるからには、真面目で責任感の強い、勇者たるルアンタが黙っていられる訳がないのだ。
「とにかく、神獣復活を阻止するために、僕は探索の旅に出ようと思います!」
ほらね。
んもう、これだからほっとけないんだよなぁ、ルアンタは。
「……神獣復活の阻止だけでなく、破壊神への対応も考えなくてならないのですから、さすがのルアンタでも、一人では無理ですよ。私も行きましょう」
やれやれといった感じで私が告げると、そう来るとわかっていただろうに、彼はキラキラも顔を輝かせた。
ふふふ、愛いやつめ。
「ルアンタ様とエリ姉様のいる所、ワタクシありですわね!」
国防の話をしていたハズのヴェルチェが、いつの間にか私達に続いて名乗りを挙げた。
いや、行くのはいいのだけれど、国の方は大丈夫なの?
「ドワーフの城は、堅牢さと脱出口の多さにおいて、他の追随を寄せつけませんわ!いざという時にも、退却のみに集中すれば、犠牲者を出すことはありませんことよ!」
一応、心配して聞いたのだが、当の本人は「ふふん!」と薄い胸を張って自慢げに言う。
「それに、ドワーフの姫としての直感が伝えてきますの。未知なる旅路……でかいシノギの匂いがしますわ、とね」
ああ、一族に富と繁栄をもたらすという、例のあれか。
確かに危険な相手や旅路だけに、未知の素材やお宝なんかは手に入るかもしれないけど、リスクとリターンが釣り合うかは疑問なんだが……。
まぁ、本人がそう言うなら、口を挟む事もあるまい。
「そんな訳で、是が非でも同行させていただきますわ!何より、武具のメンテナンスに、ワタクシは必要でしょう?」
うん、確かにヴェルチェのメンテナンスの腕は一級品だし、私の戦闘スーツの調整にも、彼女のサポートはありがたいわ。
一応、彼女の立場も考慮したのだが、本人がノリ気だというならば、こちらとしても異論はない。
そうなると、ここにデューナを加えて、いつものメンバーかな……と考えていた時。
小さく手を上げたデューナの口から、意外な言葉が発せられた。
「悪いが……アタシは行けない」
「え?」
「な、なぜですの!?」
ルアンタが驚きの声を上げ、ヴェルチェが詰め寄る!
「アタシには、『真・魔王』として、守ってやらなきゃいけない子達がいる。それに、万が一にも十二使徒がまた現れた時にさ、せめてアタシくらいの奴がいないと、対抗できそうにないだろう?」
……ニーウやラサンスの事を思えば、デューナの言うことも理解できる。
他にも、魔界はまだ生まれ変わったばかりであり、ここで要である彼女が長期間、国を空ける訳にはいかない……などの理由もあるのだろう。
「そうなると、かなりの戦力ダウンとなりますね……」
つい先程の、ニーウとの戦闘を思い出せば、準魔王である三公を打倒するほどの強さを持つ、デューナが抜けるというのは正直キツい。
だが、母性本能が人並み外れたハイ・オーガである彼女が、国の子供達を置いて行けないというのもわかるから、これ以上は何も言えないわ。
「……心配しないでください、デューナ先生!先生の分も頑張りますから、僕達が戻って来るまで、皆を守ってあげてくださいね!」
「ルアンタ……」
デューナが負い目を感じぬよう、ルアンタは務めて明るくガッツポーズをとってみせる!
その心遣いが嬉しかったのか、子供の成長を感じている母親の視線で、デューナはルアンタを見つめていた。
「ふむう……デューナ殿が残ると言うのなら、人間の国の勇者達から戦力を募ってはどうだろう?」
私達の話を聞いていたミルズィーの代表が、ふいにそんな提案をしてきた。
人間の国の『七勇者』……今はルアンタが抜けて『六勇者』だが、戦闘面に置いては私達に及ばないものの、各々にクセがあり、一筋縄ではいかない猛者ばかりである事は、間違いない。
いざとなったら、それもアリか……と思ったのだが、その案にはヴェルチェが反対した。
「申し出はありがたいのですが、それでは人間の国の防衛面に不安が出ますわ。勇者の方々の特殊な技能は、ワタクシ達が留守にする間にこそ、生かしてくださいまし」
穏やかながらも、早口なヴェルチェの剣幕に、ミルズィーの代表も「そ、そうですか……」と、ちょっと引きながら、それ以上は何も言わなかった。
まぁ、それらしい事を言ってやんわりと断っていたが、その本音は単純に苦手な勇者がいるからだろう。
心当たりはあるといえば、ヴェルチェに心酔する、ハーフドワーフの勇者アーリーズだ。
彼女なら、同行者の選別の際に、恐らくどんな手段を使っても、ヴェルチェの側に来るだろう。
彼女自身は悪い子ではないのだが、なんせヴェルチェが絡むと視界はほぼゼロになる、残念な感じの子だからなぁ。
初めの頃は、チヤホヤされるのにヴェルチェもご満悦だった様子だったが、その度が過ぎるほどの重度な献身は、いつしか重荷になっていたみたいだ。
そんな彼女を連れていけば、旅の道中で無用なトラブルを巻き起こす可能性は高い。
そうならないよう、ヴェルチェも気を使っているのだろう。
まぁ、普通にアーリーズに対して、貞操の危機を感じただけかもしれないけど。
さて……こうなると、本格的に私とルアンタとヴェルチェの三人で、出発することも視野に入れておかなきゃならない。
敵の一団を考えると、少々心もない気もするが、無いものねだりをしていても仕方ない状況だからな。
「そうなると、まずは必要な物資の選別と……」
収納魔法がかけてある、私の『ポケット』があるため、物を運ぶのに不便はないから、いざ出発となった時にも、ほぼ手ぶらでスタートできる。
その利点を踏まえて、色々な構想で私が思案に耽っていると、唐突に部屋の外から騒がしい声が聞こえてきた!
もしや、また『イコ・サイフレーム十二使徒』かと、私達は椅子から腰を浮かせて、そのまま様子を窺う。
徐々に物音は近づいて来ており、衛兵達の「グエー!」といった、やられ声も大きくなっていった。
そうして、私達の視線が集中していた部屋の扉が、ガンガンと何度か叩かれた後……蹴破られたような勢いで、乱暴に外側から開け放たれた!
身構えた私達の注目を集めるように、ゆったりと室内に入ってきたのは……。
「何やら、面白そうな話をしていると聞いたんだが……」
そんな事を言いながら、侵入者達が姿を現す!
以前とは、かなり違う格好をしているが、それでもその声にその顔は忘れもしない、よく見知ったあの人物達!
「魔導宰相……オルブルっ!」
「それに、『月牙大公』キャロメンスも!?」
一年前に姿を消し、突然この場に現れたかつての魔王軍の重鎮達は、戸惑う私達を眺めて、悠然とした笑みを見せていた。




