03 十二使徒の実力
「まったく……数日ほどは、余裕があるんじゃなかったんですか?」
「ニーウちゃんのもっとーは、面倒くさい仕事はさっさと終わらせる、だもん。特に、それがゴミ掃除とかだったら、早くきれいにしてイコ・サイフレーム様に誉めてもらうんだぁ♥」
なんて、仕事熱心な少女だろうか。
しかし、駆除対象側としては、もうちょっと手を抜いてほしいものだ。
それにしても、破壊神の使徒なんて名乗るくらいだから、きっと見た目ではわからない、特殊な能力を持っていてもおかしくないだろう。実際、転移魔法だけでも十分とんでもない訳だし。
しかも、今の状況もよろしくない。
室内に加え、国のトップが集まっているこの場では、派手な魔法が使えない以上、戦力になりそうなのは、私、ルアンタ、デューナの三人くらいか。
「それじゃ、パーっと殺っちゃうよぉ!」
そう明るく宣言し、両手を掲げたニーウの頭上に、突然巨大な炎の塊が生まれた!
これは……無詠唱魔法!?
いや、確かに無詠唱でも魔法が使えなくはないが、普通ならこれほどの高出力は出ないはずなのにっ!
なんにせよ、こんな場所であんな威力の魔法が発動したら、私達はともかく、非戦闘員はタダではすまない!
それを覚った私とルアンタは、同時に高速詠唱で魔法を練り上げる!
「キャハハハ! 魔法を使うのにイチイチ詠唱とか、ザコすぎぃ♥」
ええい、やかましい!
こちらを嘲るニーウに苛立ちを覚えつつも、必死の高速詠唱で完成した防御魔法が、私達を包み込んだ!
「めっちゃ必死で作ったみたいだけどぉ、ザコお姉ちゃん達ごときの防壁で、ニーウちゃんの魔法に耐えられるかぁ……しょーぶだよぉ♥」
余裕の笑みを崩さぬままに、ニーウから放たれた魔法の業火が私達を呑み込む!
さらに、膨れ上がった炎は大きな爆発となり、轟音と衝撃を持放って、私達がいた城の一室を粉々に吹き飛ばした!
「………………わぉ」
瓦礫の散乱し、風通しの良くなった部屋の跡。
そこに、防御魔法で彼女の魔法に耐えきった私達を見て、ニーウは驚いたような、それでいて感心したような、なんとも微妙な呟きを漏らした。
って言うか、なにこの威力は!?
極大級とまでは言わないけど、それに準ずるほどの威力を無詠唱で発動させるなんて、どんな化け物よ!?
「すご~い!まさか詠唱なんてするザコザコなお姉ちゃん達に、ニーウちゃんの魔法が防がれるなんて、予想外だよぉ!」
少しばかり芝居がかった動作を交えて、ニーウは驚きを口にする。
だが、その表情が悪寒を感じさせる、冷たい笑みに変わった!
「それじゃあ、もう一発試しちゃおうかな~♥」
そう告げた彼女の手の先に、再び炎の塊が浮かび上がる!
ウソっ!連発できるのっ!?
さすがに、私もルアンタも防御魔法の詠唱が追い付かない!
一瞬、死のイメージが頭に浮かんだ、その時!
「レドナっ!」
「はいっ、デューナ様っ!」
デューナの呼び掛けに答えた彼女の部下が、防御魔法を発動させる!
再度、ニーウの放つ炎が私達を襲うが、レドナと呼ばれた彼女の防御魔法は、その炎を見事に防ぎきってくれた!
「うっそー!?」
さすがに、今度こそ本気で驚いたらしいニーウは、見た目相応な反応で、目をぱちくりさせている。
「『真・魔王』デューナ様の親衛隊、『鉄壁のレドナ』!この二つ名は、伊達ではありません!」
むう!言うだけあって、大した防御魔法だ。
魔界に、まだこんな優れた使い手がいた事にも驚きだが、それを見つけてきたデューナも大したものだわ。
そして、レドナの防御に驚いたお陰で、ニーウに一瞬の隙ができた!
「ルアンタ!」
「はい!」
私とルアンタは『ギア』を取りだし、『バレット』を起動させる!
『戦乙女』と『勇者』の二つの音声が響き、次いで私達の声が重なった!
「変身!」
まぶしい光が放たれ、戦闘スーツを纏った私とルアンタが、ニーウへ向かって殺到する!
「ええっ!? なにそれぇ?」
驚きというより、好奇心に溢れた声で、ニーウは私達を迎え撃つ。
「なんだかわかんないけどぉ、変な鎧を着たってザコはザコだよぉ♥」
ニーウは、無詠唱魔法で発生させた炎の槍を、私達に向けて解き放つ!
だが、飛来するそれを、私とルアンタは拳の一撃で消滅させた!
「相殺!? ……ううん、ミスリルかなぁ!?」
このわずかな攻防で、私達のスーツの特性に気付くとは!?
やはり、見た目によらない恐るべき存在だと、改めて背筋が冷たくなった。
だが、近接戦闘メインで厄介な無詠唱魔法さえ封じてしまえば、華奢な彼女を捕らえる事も可能だ!
少女相手に襲いかかる絵面は、ちょっとアレなんで、私は一撃で行動不能に落とし入れるべく、ニーウの腹部を狙ってボディブローを放つ!
だが!
「なっ!?」
「キャハッ♥」
渾身の力を込めた私の攻撃は、ニーウの小さな手のひらで、簡単に受け止められていた!
「ニーウちゃんてばぁ、小さくて可愛いから、よく勘違いされるんだけどぉ……」
逃がさないとばかりに、ギシリと『戦乙女装束』の手甲が軋むほどの力で、掴みかかるニーウ。
そんな彼女は、無邪気に微笑んで、空いている方の拳を握る!
「実は殴り合いやるのも、得意なんだよねぇ♥」
そう言ったと同時に、目にも止まらぬ早さで、三発ほど拳を振るってきた!
「くっ!」
辛うじて、私も空いている方の手で防御し、その反動も利用して、掴まれていた拳を振りほどく!
「あぁん、逃げられちゃった……けど、逃がさないよぉ♥」
体勢を立て直そうとする私に、ニーウは一瞬で間合いを詰めてくる!
言葉通り、私から確実に仕止めるつもりなのだろうが……舐めるなよ!
「キャハ♥」
「はあっ!」
ニーウの笑い声と、私の呼気が重なる!
次いで、空気の弾ける衝撃音が立て続けに鳴り響いた!
すさまじい手数で攻める彼女に対して、その攻撃を正確に迎撃する私。
パッと見た感じでは互角の応酬に見えるが、そんな状況にニーウは怪訝そうな顔をしていた。
「……ねぇ、お姉ちゃん。もしかして、手加減とかしてる?」
む、バレたか。
正確に言えば、手加減するというより彼女を捕らえるために、防御寄りで対応しているのだが。
「ザコのくせに……」
少しばかり、イラついた様子で呟いたニーウは、後方へと跳んで間合いを開ける。
そして、再び無詠唱魔法で炎の壁を作り出した!
攻撃というより、目眩ましがた目的といった感じよ魔法であり、姿を隠しながら渾身の一撃を放つつもりなのだろう。
しかし、そうは問屋が卸さない!
取り出した『バレット』をセットすると、『ギア』から魔力のラインが右腕に走り、接続された!
『旋嵐衝撃掌!』
竜巻にも似た颶風を纏った掌底が、炎の壁を吹き飛ばし、ニーウへと迫る!
「ちっ!」
舌打ちしながら、ニーウは再び炎の塊を私に向けるが、横から飛び込んできたルアンタが、それを打ち消した!
「ナイスアシストです!」
誉める私に、親指を立てて見せたルアンタの横をすり抜け、ニーウに詰め寄る!
間合いに入るのと同時に、暴風を纏った右の一撃を振るい、防御したニーウの体ごと後方へと吹き飛ばした!
やはり、見た目通りに軽量なニーウでは、堪えられなかったか!
「この程度じゃあ、やられないよぉ!」
「ええ。トドメは、私ではありませんからね」
「え!?」
私の言葉に、ニーウが飛ばされた方向に顔を向ける。と、その視線が、先で待ち構えるハイ・オーガの姿を捉えた!
「なっ!?」
「おいで、可愛い子ちゃん!」
両手を広げて、慈愛の笑みを浮かべたデューナが、ニーウの体を受け止める!
そのまま、熱く抱擁するように、力いっぱい絞め上げはじめた!
「魔王的母の抱擁!」
その技の名に相応しく、魔王のごとき苛烈な絞めと、母のごとく慈愛に満ちた胸の温もり!
ニーウもデューナの豊かな胸に頭を挟まれ、「んー!んー!」と声にならない声をあげていた!
窒息してるとも言う!
「大丈夫……そのまま、アタシの胸で寝んねしな……」
あくまで力は緩めず、優しい声色でデューナは囁きかける。
さすがのニーウも、絞めの圧迫感と胸による窒息感で、抵抗する動きが徐々に弱まっていった。
しかし!
「おやおや、何をやってるんですかニーウさん?」
「っ!?」
突如、デューナの背後に現れた謎の男が、思いきり彼女を蹴り飛ばす!
「かはっ!」
なんて事のない、その蹴りの一撃で、デューナの巨体は残っていた壁を突き破り、廊下へと消える!
「デューナ!」
まさか、あれくらいでやられるようなタマではないだろうが、思わず叫んでしまった。
そんな私達を一瞥しつつ、謎の男はいつの間にかデューナから奪ったニーウの体を、ストンと床に下ろす。
「ラサンスちゃん……」
「少々、遊びが過ぎますよ、ニーウさん?」
柔和な微笑みを浮かべた、ラサンスと呼ばれた男は、妹を嗜めるような感じで、彼女に語りかける。
おの二人、知り合いか?と、いう事は……。
「貴方も『イコ・サイフレーム十二使徒』の一人……ですね」
私が問いかけると、ラサンスは表情は変えぬまま、それでいて冷たい雰囲気を僅かに滲ませて、こちらを向いた。
「ええ。私、第五使徒を勤めておりますラサンスと申します。短い間ではありますが、よろしく虫けらの皆さん」
言葉使いこそは丁寧だが、そこにはなんの感情も含まれていない。
まさに、虫でも相手に話しかけているみたいな態度だ。
そんなラサンスは、もうこちらに用はないと言わんばかりに、再びニーウに語りかける。
「先走ったあなたを探すのに、苦労しましたよ。まぁ、それはそれとして、意外にも手こずっていたようですが……?」
「ニーウちゃんもビックリよ。けっこー強い、ザコが多いみたい」
「そうですか。少しは遊び甲斐がありそうですね」
ちょっとした娯楽を見つけたみたいに、二人は笑いあっているが、私やデューナの技を食らっているのに、ニーウに大したダメージが入っていないのだろうか?
だとしたら、結構ショックなんだけど……。
「さて、そういった楽しめそうな虫はともかく、どうでもいいゴミを効率よく掃除をするための、計画が立ち上がりました。ですから、一旦戻りましょう」
「……はぁい」
駄々をこねるかと思いきや、ニーウはあっさりとラサンスとやらの申し出を受け入れた。
「待ちなさい!貴方達は、何をするつもりですか!」
私は帰ろうとする連中に、思わず声をかけた。
さすがに答えが返ってくるとは思わないが、それでも訊かずにはいられない!
だけど、意外にもラサンスは、私の問いかけに対して口を開いた。
「イコ・サイフレーム様の眷族である、二匹の神獣を復活させます」
「二匹の……神獣?」
「ええ。『千の頭を持つ竜』と、『万の尾を持つ虎』……この二匹が甦れば、地上は三日と経たずに焦土と化すでしょう」
神獣……そんなモンスターが、存在するなんて。
「それらを甦えらせるまで、あなた方は生きていられますよ。良かったですね」
ううむ……本気で言ってるのか、その表情からは判断が着きづらい。
だが、そんな化け物を復活させるつもりだと言うのなら、黙って座してる訳にはいかないわ!
「そんな化け物は復活させません!必ず、私達がその計画を潰してみせます!」
「おお、そう言ってもらえると、よい暇潰しになりそうだ」
楽しみにしていますよ、とラサンスは告げて小さな拍手までしてくる。
うーん、完全に舐められてるな。
「では、皆さん。また会える日を楽しみにしておりますよ」
「……できればニーウちゃんが殺してやりたいから、お姉ちゃん達も簡単に死なないでね♥」
そう言い残すと、ラサンスとニーウの姿が、空間に溶けるように消えていった。
あのラサンスという男も、転移魔法を使うのか……。
『イコ・サイフレーム十二使徒』がみんな使えるとしたら、厄介過ぎるな。
二人が消えた後、まるですべてが夢だったかのように、静寂が戻ってくる。
だけど、目の前の惨状は、これより起こりうる波乱の未来を、象徴してるみたいだ。
「我々は……これから、どうなってしまうんだ……」
瓦礫が散乱する、崩壊した部屋の様子を眺めていた人間の代表が、思わず小さな呟きを漏らす。
それに答える者はなく、呟きはただ、風の中に消えていった。




