02 破壊神の使徒
適当な破壊神の宣言に、思わずツッコんだ私達だったが、向こうにはこちらの声など聞こえていないのだろう。
奴は構わずに言葉を続ける。
『んー、しかし余が眠っている間に、虫けらどもは随分と数を増しているようだな……よし!』
何かを決断した声と共に、パンパン!と手を叩く気配が、頭の中に伝わってきた。
『おお、よくきたなお前ら。……うん、それでな……そうそう。……いや、漏らしたりは……それは多分、寝汗なのではないでしょうか……』
……なんだ?
どうやら破壊神は、呼び寄せた誰かと話しているようだが、相手の声が聞こえないから、すごい独り言みたいだ。
それにしても、その話の内容を推測するに……。
「……おねしょでもしたんでしょうか?」
『オネショちゃうわぁ!』
うおっ!
私が呟いたタイミングで、向こう側でも似たような問いかけがあったのか、絶妙な破壊神の返答が響く!
ちょっと、ビックリしたわ!
『貴様ら、いくら余が破壊神だからといって、余の尊厳まで破壊させる気か!?……いや、確かに……それはそうなのだが……はい……』
向こうで、どんなやり取りがあるのかわからないけれど、どうやら破壊神が不利のようだ。
まさか、本当にオネショガールだったのだろうか……。
『あー!もう、それはいいから!お前らは、余の代わりに動くのだ!』
癇癪を起こした子供のように、向こう側の人物達へ命令した後、破壊神はコホンとひとつ咳払いをした。
『んっんん!拝聴せよ、地上の虫けらども!これより数日の内に、余の下僕である『イコ・サイフレーム十二使徒』を地上に使わす!』
『イコ・サイフレーム十二使徒』!?
恐らくは、破壊神直属の実働部隊かなにかか?
『それにより、この世界は終わりを告げる。せいぜい、残り少ない時間を懸命に過ごすがいい!フハハハ……ゲホッ!』
最後に咳き込みながらも、高笑いの声を残して破壊神の気配は遠退いていった。
「先生……」
真剣な目付きでこちらを見つめてくるルアンタに、私もひとつ頷いた。
「なんというか……ひどいポンコツ臭でしたね」
「はい……本当なら、脅威を感じる所だったのに、力が抜けてしまいました……」
困ったように眉をひそめるルアンタだったが、私も同意見なのでなんとも言えない。
しかし、魔王の侵攻が一件落着したと思ったら、今度は謎の破壊神が復活か……。
しかし、世界はどれだけ、私達に面倒事を投げつければ気がすむのだろうか?
これでは、ルアンタと心置きなくキャッキャッ、ウフフできる日は、まだまだ遠くなりそうだ。
私はせめてもの慰めに、愛弟子の頭を撫でながら、小さくため息をついた。
◆
本日、各種族の代表による、話し合いが行われる予定の場所だったのは、人間領域にあった国のひとつ、元ミルズィー国(現ミルズィー自治領)の城の一室だった。
以前、ガンドライルが率いたモンスターの大集団に襲われた、いわく付きの場所ではあるが、他種族の領域からもっとも近かった事もあって、今回の会談場所として選ばれたのだ。
人間達の代表者は、連合国家ゼブン・スソゥドの初代代表であり、元ミルズィーの国王と『真・勇者』ルアンタ。
エルフの国からは、女王アーレルハーレと、義理の一族扱いである私ことエリクシア。
ドワーフ族からは、金色の姫ヴェルチェと共に、商工会を仕切る長老筋の一人が参加している。
そして、肝心の魔界からだが、『真・魔王』デューナと、新たに彼女の側近として就任した、できる母親系な雰囲気のある、魔族の女性が出席していた。
女性比率が多く、場の景観としては華があるのだが、残念ながら室内は重い空気に支配されている。
それというのも、先程の破壊神復活と、世界を滅ぼす宣言が原因だ。
やはりアレは、地上のあらゆる者達に届いていたらしく、城外の町にも小さな動揺が走っているらしい。
幸い(?)、破壊神の言動が若干ポンコツじみていた事や、先代の魔王を倒した勇者一行が集結している安心感から、そこまで大きな混乱は無いそうだ。
「はぁぁぁ…………初代代表というだけで、地獄のような実務作業が山積しているのに、なんでこんな事が起こる……」
深い深いため息をついて、初老の顔に幽鬼のような表情を浮かべた、代表が呟く。
ルアンタの出身国だからと、初代代表に選ばれたらしいが、皆がやりたがらないから、面倒を押し付けられたようにも見えるわ。
まぁ、新しい国家体勢を構築し、各国から不満がなるべく出ないように調整しなきゃならないんだから、「初代代表」という名誉しか得られない役職から、みんな逃げたがる気持ちはわかるけど。
さて、めちゃくちゃ重苦しい一言で口火は切られたが、今回は議題を変更して破壊神への対策について、話し合わなければならないだろう。
「まずは……『破壊神イコ・サイフレーム』なる存在について、どなたかご存じじゃありませんこと?」
最初に切り出したのは、ヴェルチェだった。
その物言いから、ドワーフ達には破壊神の存在についての情報などは、ほとんど無いのだろう。
「残念ながら、私達エルフの国にも、それらに関する伝承の類いは残っておりません……」
アーレルハーレが、申し訳なさそうに答える。
この場にいる中で、もっとも長命な種族であるエルフが知らないとなると、他から情報が出て来そうも無いなぁ……。
「オルブルの奴がいれば、何か知っていたかもしれないんだけどねぇ……」
そう呟くと、デューナはチラリと私に目配せした。
もちろん、彼女の言う「オルブル」が、先の戦いで倒したあのオルブルだという事は理解している。
しかし、デューナはあえて前世の私が何か知らないのか? と、暗に問いかけてきているのだ。
「……魔王との戦いが控えていたとはいえ、拘束でもしておけば良かったかもしれませんね」
小さく首を振って、デューナに(私も知らない……)という密かな返答を返しつつ、私は魔王ボウンズールとの戦いの最中に、姿を消した連中の事を思い出していた。
私の前世の肉体に宿った異世界人の魂と、それに付き従っていた獣人の女王。
今後のためにも……と、一応回復薬を彼等の近くに置いていったのだが、戦い終わって戻ってみると、彼等は魔王城から忽然と姿を消していた。
何処へ行ったのかはわからないし、できれば説得しておきたかったのだが……今は厄介事を起こさぬように、願うばかりだ。
ただ、奴等と一緒にオーガンの奴も居なくなってたのが、少し気になる。
ルアンタに倒され、城の上階から転落したオーガンは、普通なら死んでいてもおかしくはない。が、死体が無かったという事は、一命を取り止めて脱出したという事なんだろう。
オルブルとオーガンは、お互いを良く思ってはいないものの、共に相手を利用してやろうという野心は有った。
それだけに、万が一にも手を組まれて復讐とか考えられると、面倒極まりなくて困るんだよなぁ。
皆に頼んで行方は追っているが、早く見つかって欲しい物だわ。
「……結局の所、破壊神の居場所がわからなければ、こちらからも打つ手がないというのが現状ですわね」
そんなアーレルハーレの言葉に、私の意識は現実に引き戻された。
いけない、いけない。
つい、気になる事案について、思考が持っていかれてた。今はこちらに集中しなきゃ。
「……『イコ・サイフレーム十二使徒』なる連中を遣わすと、破壊神は言っていました。そいつらが、どういう行動をとるのかわかりませんが、姿を現した時に捕らえ、尋問などをするしかないのではありませんか?」
現状、取りうる手を私が提案すると、皆がそれに頷く。
「……尋問なんて、無理だと思うけどなぁ」
んん、そうかな?
確かに、破壊神直属の部下なら、簡単に口を割る事は……って、今の発言は誰の物?
唐突な声に辺りを見回すが、みんなキョトンとしていて誰の意見でも無さそうだ。
「キャハ♥」
さらに、小さく笑う声が耳に届き、それが聞こえてきた方向、すなわち上の方へ視線を向ける!
するとそこには、天井から生えた頭だけの少女が、クスクス笑いながら私達を見下ろしていた!
な、なにあれ!? 怖っ!
「よっ……と!」
ヌルリと天井から抜けるように、全身を現した少女はそのまま落下してくると、私達の中央にあった大テーブルの上に着地する。
天井に穴があった様子が無い事から、恐らくは彼女は転移の魔法かなにかを使って、この場に現れたのだろう。
それにしても、目の前の少女は、外見だけならとても可愛らしい。
短めのツインテールを揺らし、少しツリ目ぎみで小生意気そうな瞳も、ちょっと背伸びしたい少女特有の愛らしさがある。
年の頃は、ルアンタより少し下といった所だろうか?
登場の仕方が奇抜で無かったら、みんな微笑ましい気持ちになっていたかもしれないな。
いや、今でも若干、デューナが少女を慈愛の目で見詰めているが。
「ふぅ~ん、なんか強そうな人達がいそうな所に向かって、転移してみたけど……ザコばっかじゃん♥」
私達を一通り見回した後、少女は意地の悪そうな笑みを浮かべて、ザコだとなんだとこちらを煽る。
可愛い顔をして、口が悪いな、この娘は!?
少しばかりイラッとはしたが、転移魔法なんて古の魔法を使う辺り、ただの少女なハズがないと、私は気を引き締めた!
「皆さん、気を付けてください!この少女、恐らく『イコ・サイフレーム十二使徒』の一人です!」
私の警告に、皆が警戒を強める!
「へぇ~、良くわかったね、ダークエルフのお姉ちゃん♥ ちょっとは、マシなザコなのかな?」
いたぶる獲物を見つけた、猫のような目で私を見ながら、少女は両手を広げてクルリとその場で回転して見せた。
「そこのお姉ちゃんがいう通り、あたしは偉大なる破壊神イコ・サイフレーム様に仕える、十二使徒のひとり! 第七の使徒、ニーウちゃんで~す!」
ぱあっと芝居じみた動作で両手を挙げ、ニーウと名乗った少女は、続いて口調とは裏腹な内容を言い放つ!
「まぁ、この場にいる人はみ~んな殺しちゃうから、よろしくしなくてもいいからね♥」
当たり前のように恐ろしい事を告げたニーウの顔には、歳に似合わぬ酷薄な笑みが浮かんだままだった。




