10 合流
「ああっ!お二人が抱き合っていますわっ!」
「ありゃ、お邪魔だったかねぇ」
騒がしいのとのんびりした声の、両方が響いてきた方に目を向ければ、予想通りの姿を確認する事ができた。
こちらに駆け寄って来るヴェルチェと、お疲れさまといった感じで片手をあげるデューナ。
罠により、バラバラに別れさせられたのは、ほんの短い間だったというのに、なんだかすごく久しぶりに会ったような気持ちが沸いてくるなぁ。
「ルアンタ様!エリ姉様!」
私達の元へたどり着いたヴェルチェが、大きな声で呼び掛けてくる。
あー、はいはい。
どうせ「ワタクシがいない間に~」って所なんでしょう?
いつものやり取りを想像していた私だったが、ヴェルチェの行動は全く予想外のものだった。
「間に入れてくださいまし!間に入れてくださいましっ!」
「!?」
突然の投げつけられた、訳のわからぬ要求に対して呆気にとられていると、ヴェルチェは返事も聞かずにモゾモゾと私とルアンタに挟まれるため、くっついていた二人の間に入って来る。
え、なに?なんなの!?
「はふぅ……至福ですわ……」
歴戦の武将が見せるつかの間の休息(劇画調)……といった表情で、うっとりとヴェルチェは呟く。
ちょっと離れてただけなのに、この娘になにがあったのだろうか……。
正直、少し怖い!
「いや、なにかに目覚めたとか言ってたけどさ……もしかして、敵に精神汚染の魔法でも食らったのかね?」
さすがのデューナも、理解できない物を見るような目で眺めていたけど、当のヴェルチェは優越感すら感じさせる表情で、優雅に笑う。
「オホホホ! 愛する方が多ければ、それだけ幸福感も増す!という事に、気づいただけですわ」
「まぁ、その考え自体は、分からんでもない」
子供への母性に溢れるデューナも、その辺には同調してるみたいだ。
いやまぁ、それはいいんだけれど、なんでその対象が私に向けられたのか、それが気になるんだが……。
「エリ姉様が戸惑うのも、当然ですわね。ですが、アレを……魔力経路の開発を受けた続けたお陰で、ワタクシはエリ姉様への愛に目覚めてしまいましたの!」
「なんですか、その十八禁小説の女の子みたいな理由は!?」
「ある意味、間違ってはおりませんわぁ!あんなに憎かったエリ姉様の胸も、今では愛おしい事、この上ありませんもの……」
ふにふにと私の胸に顔を埋めながら、蕩けた表情をヴェルチェは見せる。
それを見て……ゾワリと背筋に悪寒が走った!
何かの冗談かと思っていたけど、瞳孔をハート型にしてこちらを見つめる彼女の様子を見るからに、どうやらガチらしい。
「これからは、ルアンタ様とエリ姉様の仲をお邪魔すること無く、『抱けぇ!抱けえぇ!』と心の中で応援させていただきます!」
あ、よかった……ルアンタから私に、ターゲットを変えた訳じゃないのか。
ていうか、彼女言う通り、恋愛対象が増えたって事でいいのね。
なんとも彼女らしい、極端な話ではあるけれど……まぁ、ルアンタを賭けて変に争うより、邪魔が無くなりそうで良かった……のかな?
「ですから、お二人が愛し合う際には、ワタクシも交ぜてくださいまし!」
良くなかった!
割りと変な方向に、舵をきっただけだし、余計に面倒な事になりそうだわ、これ!
「ヴェ、ヴェルチェさん!少し落ち着いてください!」
「ワタクシは冷静ですわ、ルアンタ様!」
「そんな、デキの悪いハーレム宣言みたいな事を申し出られて、落ち着けまる訳がありませんよ!デューナからも、何か言ってやってください!」
「まぁ、本人達が納得できるならいいんじゃないのかい?」
「さすが、デュー姉様!良いことを言いますわ!」
あっさり解答するデューナに向かって、ヴェルチェは親指を立てて、いい笑顔を送る。
ひ、他人事だと思って……。
しかも、なんだその(ルアンタもそろそろ、大人の階段を昇る歳になったんだね……)って感じで、思春期の息子を見る母親のような眼差しはっ!
……いったい、彼女達に何があったのか。
ちょっと決戦前の休憩がてら、落ち着いて話を聞かせてもらおう。
そう判断した私は、速やかにヴェルチェに沈静化してもらうべく、彼女の脳天に手刀を叩き込んだ!
◆
「……といった感じで、アタシはガンドライルを倒してきた訳だ」
「ワタクシは、キャロメンスを行動不能にしてきましたわ。もっとも、命までは取っておりませんが」
ふむう。
一旦、失神させた後、目が覚めたヴェルチェと、それが起きるまで待っていたデューナから、戦いのあらましを聞いて、私達は頷いた。
さすが……と言うべきか。
いかに三公とはいえ、彼女達が相手では分が悪かったようだ。
「んで……これは、オルブルでいいんだよな?」
床に倒れている、アフロで黒こげなオルブルを指して、怪訝そうな顔でデューナが尋ねてくる。
「ええ。それに、外にはオーガンが転がってるはずですよ」
「ふむ、ワタクシ……いえ、ダーイッジの肉体でも、ルアンタ様の敵ではありませんでしたのね」
「そうなると……三公は全滅で、魔導宰相もリタイア。後はオヤジ……ボウンズールだけか」
デューナもヴェルチェも、何となく言い直してはいるが、確かにこれじゃあ何か隠し事してますよねって、言いたくなる話し方だわ。
たぶん、私もこんな感じで、ルアンタに不安を与えていたんだろうな。
うん、それじゃあ彼女達にも伝えておこうか。
「……その前にひとつ、大事な話があります」
あらたまった私の様子に、デューナ達は小首を傾げながらも、注目してくれた。
「私達の前世の秘密について……ルアンタにバレてます」
「そうかい、ルアンタに……」
「バレてしまいましたの……」
「って、なにぃ(ですの)!!!!!!」
一瞬の間の後、二人は大声で叫ぶと、私の肩に掴みかかってきた!
「ちょっと待てぇ!それって、どういう事だい!?」
「ま、まさか、エリ姉様がバラしましたのっ!?」
「人聞きの悪いことを、言わないでください!」
興奮する二人をなだめた所で、ルアンタの口から説明してもらう。
そうして、全てはオーガンの仕業だと説明すると、デューナ達はヘナヘナとしゃがみこんでしまった。
「ああ……ルアンタにバレちゃったら、もう抱っこさせてもらえない……」
「ワタクシも、美少女縦ロール金髪ロリドワーフの前世が男だなんて知れたら、ルアンタ様からどんな風に罵られてしまうか……ハァハァ」
ちょっと興奮してんじゃないか!若干、余裕があるな!?
だけど、そんな二人の心配をよそに、ルアンタは彼女達に向かって、優しく微笑んだ。
「二人とも、安心してください。僕にとってはデューナ先生もヴェルチェさんも、大事な仲間です。前世がどうとか、関係ありませんから!」
「ルアンタ……」
「ルアンタ様……」
男らしく決めたルアンタに、デューナとヴェルチェが突進する!
「んもう!すっかり、たくましくなっちゃって!ママ感激!」
「素敵ですわぁ、ルアンタ様!エリ姉様と共に、可愛がってくださいまし!」
「う、うわあぁぁっ!?」
揉みくちゃにされ、二人からのキスの嵐に襲われるルアンタ!
ちょっと待てぃ!ルアンタは私のだっつーの!
感極まってエキサイトするデューナ達を、物理的に宥めるべく、私は再び手刀を構えて突っ込んでいった!
◆
──それから小一時間後。
デューナ達が目を覚ましてから、目的の場所を目指した私達は、ようやくその部屋の前に立つ。
ちなみに、オルブルは意識を取り戻さなかったから、回復薬だけ側に置いて放置してきた。
運がよければ助かるだろう。
「いよいよ……ですわね」
いつもは明るい雰囲気のヴェルチェも、心なしか緊張の面持ちで重厚で巨大な扉を見上げる。
「魔王ボウンズール……アタシの前世の肉体を乗っ取った、親父殿がこの先にいる、か」
さすがに少し複雑そうではあったが、今世を謳歌しているデューナの顔に戦いへの迷いは無さそうだ。
「魔王を倒せば、僕達の旅も終わるんですね……」
これまでの旅を、回想しているのだろう……どこか感慨深そうに、ルアンタも呟いた。
「行きましょう、全てに決着をつけるために!」
踏み出した私に「応っ!」と答えた、仲間達と共に!
今、最後の戦いの舞台へと、私達は足を踏み入れた!




