隠れ家
敗残兵の爛々とした目を、私は恐ろしいと思った。
血走り、濁り、淀んだ双眸。
もっと恐ろしかったのは、いつの間にか新撰組の隊服を着て、帯刀していた自分の手が、自然に刀の束に手を掛けたことだった。鷹雪君を守らねばならない。それ以前に、私は眼前の敵を、斬る対象として見なしていた。余りにも自然に。
「さんなんさん、あんたは出るな」
土方君が一言、告げて沖田君と斎藤君が疾風の如く駆けたあと、兵士たちはくずおれた。先程まで息をしていた者が、今は血を吹いて事切れている。
鷹雪君を振り返れば嘔吐している。無理もない。
私でさえ胸が悪い。
「彼らに僕たちは見えるようですね」
平然として沖田君が血脂を懐紙で拭いて刀を鞘に納める。
「おい小僧、同じ時代に俺たちもいるのか。いつまでも吐いてねえで答えろ」
「土方君」
「…………いる、だろう。鉢合わせしない必要がある」
「そいつぁ、何でだ」
鷹雪君の危惧は私にも解った。存在してはならない同一の人間が顔を合わせることは、多くの歴史物でタブーとされてきている。ビッグバンが起こる、などと囁かれてもいる。
「しばらく、身を隠す必要がありそうですね」
斎藤君の言葉に、土方君が顎を撫でさする。思案しているのだろう。
「一条堀川にでも行くか」
「当てでも?」
「俺の馴染みの女がいる。この頃はご無沙汰だったから、丁度良いだろう」
「それは良いかもしれない」
意外にも、すぐに賛同の声を上げたのは鷹雪君だった。
「安倍家の息が掛かっている領域だ」
成程。
現実的にも非現実的にも、便の良い場所なのだ。
ところで。
「ここから歩いて行くの?」
私の声に、その場の全員が情けなさそうな顔をした。
だって刀って重いんだよ。隊服は暑いし。
市バスに乗って行きたくもなる。





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