剣の達人
新撰組の名にし負う剣の達人と言えば。
沖田総司。
斎藤一。
永倉新八。
まあ、このあたりの名前がまず挙がるだろう。
「猛者の剣と無敵の剣かあ」
ぼりぼり、とかりんとうを齧りながら私は呟きを落とす。そろそろ縁側も蚊の出る心配をする季節になってきた。蚊取り線香、どこだったっけ。ひょい、と後ろから私の持っていたかりんとうの袋に手が伸びる。土方君だ。沖田君は私の右隣でのんびりお茶を啜っている。……これが猛者の剣の当事者である。大して斎藤君は無敵の剣と称された。
「何でえ、さんなんさん。総司と斎藤が気になるのかい」
「うん? いや、二人共、強かったんだなあと思ってね」
土方君と沖田君が、妙な顔になる。
何か変なことを言ったかしらん。
「僕たちはさんなんさんが怖かったですけどね」
「私?」
「はい」
沖田君の顔は大真面目だ。
「こちらの太刀筋を読み、素早くそれに対応する。まるで論語を暗唱するようにさらさらと。さんなんさんの剣は、川のせせらぎのようだった。攻撃は全て受け流され、反撃の精妙さは類がない。そんな剣客が日本にどれだけいますか。言うのは容易いですけど、すごいことなんですよ」
「え? さんなんさんってそんなだったの?」
イメージ的には文武両道だけど、学問寄りの秀才である。
「そんなだったのですよ。学んだのも多流派に及びますし、柔術の達人でしたから、剣がなくてもそこらの素浪人を平気でいなせていました」
「へえ。すごいねえ」
まるで自分のことだとは思えない。
沖田君が嘆息した。そして自棄のようにかりんとうを貪る。
土方君はくっくっ、と咽喉の奥で笑いながら、同じくかりんとうを食べていた。
土方君はやくざ剣法みたいに言われてたな。正統派の剣術ではない、と。それにしたってねえ。私がねえ。いつぞや、親父狩りに遭った際の沖田君の鮮やかな剣捌きを思い出す。あんな達人が、さんなんさんを怖いと言う。
やっぱりぴんと来なくて、私はかりんとうを食べ続けた。夕飯が入らなくなるから程々にしなさいね、と妻の声が掛かった時には、かりんとうの袋は空になっていた。陽射しはもうすっかり夏で、太陽は沈み切る様子を見せず粘っている。夕飯の前に風呂に入ろう。
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