イニシャルG
「そっちへ行ったわ!」
これは妻。
「任せろ!」
私。
「回り込め! 絶対に逃がすな!」
土方君。
「僕がやります」
沖田君。
まるで捕り物かと思うような台詞だが、ゴキブリ退治である。そろそろ彼らの跋扈する季節になってきた。イニシャルGの、黒い艶光りするスーツのお客様。沖田君は丸めた新聞紙で彼(?)を一撃で仕留めた。さすがである。招かれざるお客様を一打で再起不能にした。私は彼(?)の亡骸をティッシュにくるみ、生ごみのポリバケツに入れた。
「昔はそんなに見ませんでしたけどねえ」
「人間も餌も増えたしな。それに最近、湿ってるからな。だからじゃねえか」
イニシャルG退治を終えた沖田君と土方君、私は縁側に座り、やれやれと妻の出してくれたカルピスを飲んだ。甘くて美味しい。後顧の憂いのなくなった妻は、早速、夕飯作りに取り掛かっている。ご苦労様。いつもありがとう。こうした感謝の気持ちは大事で、時々、言葉にすることは更に大事である。
一服する私たちを嘲笑うように烏が鳴いた。
桜の樹の枝の上。橙色の中の黒い一点。
土方君が刀の柄に手を遣る。
烏は土方君の殺気を察知したのか、飛び立って行った。漆黒の羽が舞う。
私は改めて鷹雪君の話を沖田君と土方君に伝えた。彼らは真剣な面持ちで聴いている。
「陰陽師のガキか。やっぱり気に食わねえな」
力が要るとは言ったものの、いざ彼の話を詳細にすると、苦手意識が先立つらしい。沖田君が笑う。
「気に食わない子供だったのは、土方さんも同じでしょう?」
「違いねえ」
土方君も笑った。ああ、無愛想を絵に描いたような子供だったんだろうね。
容易に想像がつく。
「私にそんな力があるとは思えないのだけれど」
私がそう言うと、沖田君も土方君も笑顔を引っ込めて、まじまじと私を見た。
「何だい?」
沖田君が嘆息する。
「変わってませんねえ、さんなんさん」
「己を過小評価するのは、愚の骨頂ってもんだぜ」
何だか二人して諭された。私はカルピスをがぶりと飲んだ。土方君が面白がるような目で私を見ている。
私に出来ることなど何もない。
昔も、そして今も。
なのに沖田君たちは、さも私が特別であるかのように言うのだ。
照れる以前に釈然としない感情があって、私はたん、と硝子コップを置いた。





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