表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
66/136

紅葉の理由

 沖田君が心配そうな顔で、何かあったのかと訊いてきた。

 私は苦笑して首を振り、いや、こちらの問題だよと答えた。

 以前にもあったような遣り取りに、私は既視感を覚える。

 いつもより早い時間、縁側に座る私たちに、妻が紅茶とケーキを出してくれた。まだ何とも言えないが、傷は癒えつつある、と考えて良いのだろうか。

 金粉が散らしてあるチョコレートケーキにフォークを入れながら、私は何気なく沖田君に尋ねる。


「沖田君は妓楼などには行ったかな」

「はあ。一度、会津様(松平容保)への武芸披露試合のあと、土方さんや源さん(井上源三郎)たちと行きました。道頓堀近くの新町に。天神をその、買ったのですが、私には余り肌に合わない場所でした」


 何だか納得出来てしまう。

 天神と言うのは遊女の格付けの一つで、太夫、天神、端女郎という序列がある。

 近藤勇が新町の妓楼から深雪(みゆき)太夫を身請けし、他にも多くの妾を作ったことは有名である。土方歳三もまた、若鶴太夫らと馴染みだったらしい。武芸披露試合のあと、近藤勇の増長すること甚だしく、多く反感を買ったようだ。

 沖田君には複雑な心境だっただろう。

 私にも若干、苦い思いがあったことは否めない。

 近藤勇は凧のようだ、とある本に記されていた。追い風の時はどこまでも昇るが、逆風の時にはたちまち失速すると。

 しかしそんな、言い方によっては素直な単純さが、近藤さんの魅力の一つであったのもまた事実なのだ。

 彼の求心力あっての新撰組だった。

 沖田君のレアチーズケーキ美味しそうだ。少し分けてくれんかしらん。

 私は紅茶を飲みつつ、意地汚いことを考える。


「ご亭主の、頬の紅葉は何ゆえですか」


 やはり気になるらしい。


「――――子は無事だろうかと、妻に寝惚けて訊いてしまった。妻は……、昔、流産したことがあってね。寝惚けているとは言え、悪いことをした。ささめなどと、知らない女性の名前を口走ったんだ」

「…………紗々女ですか」

「うん」


 沖田君は考え込むように押し黙った。

 重い打ち明け話に、当惑しているのだろうか。


「ご亭主。紗々女さんは無事、子を産みましたよ」

「本当か」

「はい。男の子です。貴方がいなくなってから、近藤さんや土方さんの肝煎りで、紗々女さんは暮らしを立てていました」

「そうか」

「はい」

「土方君が……」

「はい。禿を身請けするなんて物好きだなんて憎まれ口叩いてましたが、一番、紗々女さんに親身になっていました」

「そうか……」


 不覚にも涙が出そうになる。庭の雑草を観察する振りをして、私は下を向いた。

 紗々女は無事、私の子を産んでくれたのだ。私の血脈は途絶えていなかった。あの凍るように寒い夜、私が自死した後も、命は続いていた。それだけのことが、無性に幸せに思えてならない。


 横に座る沖田君の気配が、切り替わった。水を潜り抜けたように。

 桜の青い葉がひらりと落ちた。


「だからもう、大丈夫ですよ。さんなんさん」



ご感想など頂けますと、大変励みになります。

どうぞよろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ