紅葉の理由
沖田君が心配そうな顔で、何かあったのかと訊いてきた。
私は苦笑して首を振り、いや、こちらの問題だよと答えた。
以前にもあったような遣り取りに、私は既視感を覚える。
いつもより早い時間、縁側に座る私たちに、妻が紅茶とケーキを出してくれた。まだ何とも言えないが、傷は癒えつつある、と考えて良いのだろうか。
金粉が散らしてあるチョコレートケーキにフォークを入れながら、私は何気なく沖田君に尋ねる。
「沖田君は妓楼などには行ったかな」
「はあ。一度、会津様(松平容保)への武芸披露試合のあと、土方さんや源さん(井上源三郎)たちと行きました。道頓堀近くの新町に。天神をその、買ったのですが、私には余り肌に合わない場所でした」
何だか納得出来てしまう。
天神と言うのは遊女の格付けの一つで、太夫、天神、端女郎という序列がある。
近藤勇が新町の妓楼から深雪太夫を身請けし、他にも多くの妾を作ったことは有名である。土方歳三もまた、若鶴太夫らと馴染みだったらしい。武芸披露試合のあと、近藤勇の増長すること甚だしく、多く反感を買ったようだ。
沖田君には複雑な心境だっただろう。
私にも若干、苦い思いがあったことは否めない。
近藤勇は凧のようだ、とある本に記されていた。追い風の時はどこまでも昇るが、逆風の時にはたちまち失速すると。
しかしそんな、言い方によっては素直な単純さが、近藤さんの魅力の一つであったのもまた事実なのだ。
彼の求心力あっての新撰組だった。
沖田君のレアチーズケーキ美味しそうだ。少し分けてくれんかしらん。
私は紅茶を飲みつつ、意地汚いことを考える。
「ご亭主の、頬の紅葉は何ゆえですか」
やはり気になるらしい。
「――――子は無事だろうかと、妻に寝惚けて訊いてしまった。妻は……、昔、流産したことがあってね。寝惚けているとは言え、悪いことをした。ささめなどと、知らない女性の名前を口走ったんだ」
「…………紗々女ですか」
「うん」
沖田君は考え込むように押し黙った。
重い打ち明け話に、当惑しているのだろうか。
「ご亭主。紗々女さんは無事、子を産みましたよ」
「本当か」
「はい。男の子です。貴方がいなくなってから、近藤さんや土方さんの肝煎りで、紗々女さんは暮らしを立てていました」
「そうか」
「はい」
「土方君が……」
「はい。禿を身請けするなんて物好きだなんて憎まれ口叩いてましたが、一番、紗々女さんに親身になっていました」
「そうか……」
不覚にも涙が出そうになる。庭の雑草を観察する振りをして、私は下を向いた。
紗々女は無事、私の子を産んでくれたのだ。私の血脈は途絶えていなかった。あの凍るように寒い夜、私が自死した後も、命は続いていた。それだけのことが、無性に幸せに思えてならない。
横に座る沖田君の気配が、切り替わった。水を潜り抜けたように。
桜の青い葉がひらりと落ちた。
「だからもう、大丈夫ですよ。さんなんさん」
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