根雪とミルフィーユ
貴方を斬ることは出来ないと、沖田君は言った。
私は笑って、それは腕前ゆえかね、それとも心持ちゆえかね、と尋ねた。
沖田君は沈痛な表情で、両方です、と答えた。
寒い夜のことだった。
私はしばらく沈黙して、雪になりそうだな、と言った。
雪が降り、積もって、例え根雪となろうとも、いずれは必ず春が来て、雪融けを優しく促すのだ。人の世もまた、そのようにしてある。いや、あらねばならぬと、私は考える。
おかしいな。
しんしんとした夜の中、なぜか祇園祭の祭囃子の音が聴こえる。池田屋の件を、私はまだ引き摺っているのだろうか。病床でこの楽を聴いた。
あの、明るく賑やかで、そしてどこか物悲しい音色が、冬の夜、私の耳に響いてならないのだ。私は夢でも見ているのだろうか。
夢を見ていたようだ。
私は書斎の机に突っ伏していた。肩にはカーディガンが掛けてあり、机上にはコーヒーとミルフィーユが置いてあった。妻が来たのだろう。
ミルフィーユの何段にも重なった層は、人の記憶にも似ていると思う。地層のように、記憶は脳内に積み重なってゆく。誰の頭にもミルフィーユのような層があり、時折、層をめくっては、往時を偲ぶのだ。
食べにくいんだよね、これ。見た目と名前は洒落てるけど、食べようとすればぼろぼろと崩れる。いっそ、むんずと鷲掴みにして喰らいつきたい。大人だから、しないけど。
土方君が見たら眉間に皺を刻みそうだし、沖田君が見たら大笑いしそうだ。
近藤さんは鷹揚に微笑むだろう。
身内を斬ることなど思いも寄らなかったあの頃。
多摩が懐かしい。
ミルフィーユはやはり無残に崩れて、私は食べるのに苦心した。





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