まるで
今日は暑いから素麺と、出前の寿司を取った。
冷や酒をきゅいと飲みながら、これらを頂く。素麺の涼しい咽喉越しの良さが、季節を伝える。寿司は近所の店の物で、味の良さは折り紙つきだ。サラダ巻き、納豆巻きなどから平目、トロ、いくらなど。上握りでなくても雲丹までついているのだから、気前が良いなあと思う。素麺に浮かんだ青い楓の葉と赤いさくらんぼうが好対照の色合いだ。ひとっ風呂浴びてさっぱりした私はほくほくして飲み食いしていた。
「それにしても、貴方に合気道の心得があったなんてねえ」
「ん? 合気道?」
「違うの? さっきの、沖田さんにやったのってそうでしょう?」
「そんなようなものです」
私ではなく、沖田君が、なぜかにこにこして答える。私にその方面の心得など全くないのだが。達人である沖田君を、例え手加減されていたとは言え、どうして組み伏せることが出来たのか。不思議である。トロ、最高。
合気道かあ。
そう言えばさんなんさんは、柔術の達人でもあったっけ。
剣で修めたのも北辰一刀流や天然理心流だけではなかったし。そして新撰組においては土方歳三とは異なるブレーンのような存在だった。多芸な人だったんだな。私と土方君は、今でこそ犬猿と見なされているようだが、妙に馬が合うところもあったのだ。馬が合うと言えば。
「沖田君は斎藤君とも仲が良かったね」
「はい」
「一緒に小道具屋を見て歩いたりしていたね」
「つき合わされたんですよ」
沖田君が苦笑する。しかし、本当に嫌であれば彼は人に迎合しない。やはり仲が良かったと言えるのだろう。沖田君と斎藤君は、隊中双璧と謳われる使い手だった。だがその剣の在り様は全く異なり、沖田君が陽とすれば斎藤君は陰、沖田君が軽とすれば斎藤君は重であった。気質も朗らかで子供好きな沖田君に対し、斎藤君は寡黙で無愛想だった。この二人が連れ立ち、往来を歩いていたのは面白い。
うーん。純米吟醸のきんと冷えて何という美味か。
「貴方、まるで斎藤さん? と、知り合いだったみたいな言い方ね」
「別に不仲ではなかったよ」
「そうですね」
妻が妙な顔をしている。
どうしたんだろう。
思えばもう、この頃から私はおかしかったのだ。全てが明らかになった時になって、私はそれを痛感する。しかしそうなるまでにはまだ、時を要した。
身籠ったと聴いた時には青天の霹靂だった。
ただ一度、と乞われて、私は紗々女と契りを交わした。まだ禿である紗々女とそのようになるからには、紗々女を身請けする心積もりで、店とも話をつけていた。屯所近くに小さな家を買って紗々女が住めるように備えた。まだ幼い紗々女の、願いを容れるべきか否か、私は悩んだ。これでも新撰組幹部の一人、総長である。立場に恥じぬ行いを心掛けなければならない。結局、懇願に負けた。
剣術や柔術であればなまなかなことでは負けない自信のある私だが、苦界にありながら、まだ汚れを知らぬ澄んだ童女の眼には、勝てなかった。
うちはお側はんでよろしいんどす。
紗々女はそうも言ってのけた。つまり、私の正妻になる気はないのだと。
その言葉が私の胸を打った。そうして私は、赤い綸子の褥の上で、紗々女と一夜を共にした。
監察方の山崎君は私と紗々女の事情を知っていた。
紗々女が身籠ったことを知らせてくれたのも彼だ。私はその時、丁度、臥せっていたのだが、思いがけぬ事態にただ、瞠目した。まさか自分が人の親になろうなどとは、思いも寄らない。何となくこのまま、里とも疎遠で孤独のまま、生を終えるものとばかり考えていた。
子が出来るというのは不思議だ。
身の内から思いも寄らない感慨と、力が湧く。
総長の肩書に相応しくならねば。
如何ともし難い疎外感や確執と、折り合いをつける必要がある。
本作品は資料を参考にした作者によるフィクションです。





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