烏が笑う
ふんふん、と鼻歌を歌っていると、同僚からご機嫌ですねと言われた。
だって今日の夕飯は我が妻特製グラタンなのである。
それもホワイトソースから作る本格派だ。
ホワイトソースを約二十分、フライパンの前に立ちっ放しで掻き混ぜ続けるというのは、大層な労働だと思う。
妻はその間、気を紛らわす為にラジオをつけたり歌を歌ったりしている。
今日は沖田君がいるから、話し相手には不自由しないだろう。
若干、スキップするように歩きながら、私は我が家に向かった。
暮れ方の景色はまだ遠い。季節の巡りを感じる。
もう少しすれば夏になり、暑い暑いと言っている間に秋が来て、秋の日のヴィオロンの~とか言いながら冬を迎え、年が改まるのだ。今年の年越しは沖田君も一緒だ。まさか除夜の鐘を突く為におうち(専称寺)にいるとは言うまい。一緒に蕎麦を食べ、屠蘇を飲み、おせちや雑煮を食べるのだ。こうして未来を思い描くのは楽しい。未来を心待ちに出来るという事実が嬉しい。
良い匂いがしてきた。牛乳混じりの、人を甘やかすような。
台所で妻がグラタンに入れる海老を炒めている。ジュー、ジュー、という音。
おお、最終段階だな。
その後ろで沖田君が物珍しそうにそれを見守っている。彼はグラタンの味を知るまい。我が家で洗礼を受けると良いのだ。鎖国が愚かだったと解る。ふっふっふ。あ、彼は西洋好きだったな。なら、ますます良い。
私はいそいそと赤ワインの準備をする。
妻がグラタンの入った耐熱皿をオーブンに入れる。やれやれ、と一段落ついた顔の妻に、私はグラスを差し出した。
嬉しそうに妻が笑う。
「ありがと」
「沖田君も」
「はい」
「あれ、赤ワイン、初めて?」
「そうですね」
「美味しいよ」
「はい。……赤いですね」
血を連想させてしまうだろうか。
しかし私のそんな心配を余所に、沖田君はくいくいとグラスを干してしまった。
いけるじゃないか。
妻もほんのり、頬を桜色に染めていて可愛い。
「沖田君、クリスマスと正月の予定は?」
気が早いが、つい、訊いてしまう。クリスマスって何のことか解るかな。
「うち(専称寺)にいると思います」
「それは駄目だよ。我が家に来なさい」
「よろしいのですか? ご夫婦水入らずのところを」
「ぜひ、いらっしゃいよ。沖田さん。沖田さんがいれば、楽しいわ」
妻も言う。
その時、庭から烏の大きな鳴き声がした。
来年の話をすれば鬼が笑うと言う。
あの烏も笑っているのだろうか。明るい未来を語る私たちを。
そうこうしている内に、香ばしい匂いが立ち込め、チン、と明るい音がした。





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