お帰りなさい
私は螺鈿細工の硯箱を開けた。雀が餌を啄む様子が青貝で象られている。
島原の夜は深々と更けている。脱藩の身の上だ。おいそれと郷里に文を出せる身ではないが、時折、このように届くかどうか覚束ない日々の徒然を書き記すのは、習い性のようになってしまった。先程、禿の紗々(ささ)女が火は足りているかと顔を出した。濃やかな性分は生来のものか、長ずればさぞ立派な花魁となるのだろう。痛ましさと微笑ましさが同時に私の胸に生じる。土方君などには笑われるだろう、感傷だ。そこまで考えて私は、新撰組に思いを馳せる。臆しているのだろうか。私の目には、新撰組は膨張し過ぎたように見えてならないのだ。とりわけ、先の池田屋における活躍で、幕府や朝廷のみならず、この頑なな京の町まで我々を認め、持ち上げたことは、栄達に他ならないのだろうが、私には過ぎた光輝とも思えるのだ。私は池田屋には行けなかったが、総長という立場上、配分金を頂戴した。不相応な大金だ。近藤さんと違い、囲う女もない身には使いどころがなく、私は幾分、これを持て余していた。いっそのこと、紗々女の身請けにでも使うかなどと、戯言めいた考えが湧く。
目を閉じて深く呼吸する。熱があるのか身体が気怠い。ここのところ、ずっとこんな風に不具合が続いている。総長の身として、池田屋にも参じることが出来なかったことは痛恨の極みである。
私にも増して、沖田君の身体を危ぶむ思いもある。
――――労咳。
才気溢れる若者が、あの若さで。
さんなんさん、と懐っこく呼びかける彼の笑顔が今では儚いように思える。
何とか快癒して欲しいものだ。
行燈の灯りが私の影を長くする。誰の行く末も定かならず。
我々の行き着く先は何処だろうか。
京都土産と言えば生八つ橋だろう。
芸がないが、私は同僚や上司にそれを配って回った。そして休暇を取った分、溜まった書類の量を見て、些かげんなりした。あーあ、と思う。溜息を吐いても書類は減らないから仕方なく手を動かす。新撰組の巡察とかのが楽だったんじゃないかしらん、などと罰当たりなことまで考えたりする。したことないけれども。早く終わらせて帰りたい。
私が急ぎ、帰宅すると、長くなった日が縁側で談笑する沖田君と妻を照らしていた。淡いオレンジの光が、二人を包んでいる。それを見た時の私の心情をどう表現すれば良いのだろう。
例えるなら自分の血肉を分けた人たちを見たような。
大袈裟だが、そんな感慨が込み上げた。私に気付いた二人がお帰りなさいと言う。
お帰りなさい。
ああ、沖田君だ。
生きている。いや、生きてないのだけども。
ともかくも、笑って私の目の前にいる。
それが何より肝心だった。
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