抜刀
残業で遅くなった。
帰り道を私は急いでいた。
星がまばらに光っている。沖田君はもうおうち(専称寺)に帰っただろうか。
汗ばんだ肌にシャツが張りついて不快だ。
私の行く先に人影が見えた。
まだ若い男たちだ。手に手に金属バットを握っている。
私の肝がすうと冷えた。これは所謂……。
「よお、おっさん」
「……」
「有り金出せよ」
「今時、親父狩りか。流行らないな」
ついむっとして余計なことを言ってしまった。案の定、彼らは気色ばんだ。淀んだ目をしている。何が彼らを凶行に奔らせたのだろうか。
「るせえ、ぶち殺されてえのか」
金属バットを振りかぶった男に、私の身体は硬直して動きそうもない。
その時。
キン、と澄んだ金属音が響いた。
沖田君が立っていた。
抜き身の刀は切っ先が下がり気味で、前のめりの構えだ。
足拍子三つが一つに聴こえ、鮮やかな三本仕掛けが男たちを倒していく。流れる血はない。峰打ちなのだ。
私は初めて目にする、音に聴こえた剣豪の技にすっかり魅入られていた。
男たちに沖田君は見えない筈だから、何が何だか解らない内に気絶しただろう。
沖田君が刀を納めながら私を振り返る。
「ご無事ですか」
「あ、ああ。ありがとう」
「いいえ、丁度、帰ろうとしていたところでした。ご亭主は、」
「ん?」
「剣は使われないのですね」
私は苦笑して手を振った。銃刀法違反以前の問題だ。
「まさか」
「そうですか……」
沖田君は何事か考える響きを語尾に残す。
私はそれから警察に通報して、沖田君は専称寺に帰った。
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