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牛カルビ
ふと目覚めた沖田君の目が、赤ん坊のように澄んでいたので、私はどきりとした。
私の袖を掴んでいる自分の手を見て、ああ、と言って離した。私のシャツの袖は沖田君の手で握られた形によれている。
「すみません」
「いや、うなされていたようだけど、大丈夫かい」
私がそう尋ねると、沖田君は見ているほうが遣る瀬無くなるような笑顔で頷いた。
「今では。もうどうしようもない過去の夢です」
「……」
夢の内容に踏み込むことは憚られた。それは沖田君の心の聖域に関することだ。無闇に触れて良いものではない。私は物干しスタンドのはためく洗濯物を見た。今の沖田君は、余り直視してはいけないような気がした。その内、妻が帰ってきて、特売だったということで牛カルビを焼き始めた。
じゅうじゅうと肉の焼ける香ばしい音。
感傷を吹き飛ばすパワーが焼き肉にはある。
そしてもちろんビール。
これらが揃って暗い過去に浸る余地などあるだろうか。
ないだろう。ないと、私は信じたい。
沖田君、また白い髭を作ってるし。
山南敬助は脱走などしなかったという説があることも、今は記憶の内に留めるだけにしようと思った。
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