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日記

 沖田君は知っているのだろうか。

 いや、知っていたのだろうか。あの子のことを。

 春雨が私の思考を凝固させて、また、混乱の渦に落とした。幽かな雨の音は当然ながら私への答えを示すでもなく、ただ滴り続けた。それはまるで赤ん坊をあやすにも似た優しさだった。


「何を書いてるの?」


 沖田君が帰ったあと、寝る前、書斎に籠った私に妻が問い掛けた。妻は既に寝間着姿で、目がおっとり眠そうだ。


「ん……。沖田君とのことを、記録しておこうと思ってね」

「日記?」

「うん。沖田君について私が知っていることも含めて、彼との交流を記しておきたくて」


 妻が物柔らかに微笑んだ。


「それは良いわね」


 何せ沖田君は幽霊だ。いつまで逢えるかも解らない。

 妻が葛湯を乗せた盆とカーディガンを持ってきてくれた。葛湯には摩り下ろした生姜が入っていて、仄かな甘味が快く舌に絡みついた。桜の花びらの塩漬けがひとひら浮いていたのが風流だった。

 書斎の机に置かれた、鈴蘭型をした電気スタンドの光が私の日記を照らす。

 剣術ばかりがとかく有名な沖田君だが、金策で苦労したことなどもあったようだ。

 試衛館修復の為に(たの)母子講(もしこう)、言わば互助会を結成したらしい。

 目標総額百両のところ、沖田君と井上松五郎とやらが駆け回っても集金出来たのは十三両に過ぎなかったという切ない話がある。天才剣士、と囃し立てられる裏の涙ぐましいエピソードだ。

 そんなことをつらつら書きつつ、沖田君との初めての出逢い、金目鯛の煮つけなどにも触れつつ私は筆を進めて行った。

 彼があの子のことを知っているのか。知っているのならなぜなのか。

 その思案は、今は置いておくこととした。




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