にこにこ
その晩は鯛と牛蒡の荒炊き、湯豆腐と法蓮草のお浸しだった。
日本酒が進む。
沖田君はにこにこと飲んでいる。
私もにこにこ。
妻もにこにこ。
三人三様のにこにこがあり、けれど私たちにもそれぞれ抱えるものがある。
鯛は切り身を濃い味で牛蒡と一緒に炊くと実に良い酒の肴になる。ご飯のおかずにもなる。鰭の部分や頭部などは、殊に美味い肉の部分なのだ。家長たる私に遠慮してか、妻も沖田君も頭部には箸を伸ばさない。私はこれ幸いとばかりにほくほく、その一番美味しいところを頂く。
口の中を濃い味で満たしたところで、まったりとろりとした湯豆腐を食べる。濃い味が豆腐の淡泊さに洗われて、丁度良い按配になる。沖田君や妻と日本酒を注ぎ合う。純米吟醸だぞ。ここ数日、冷える夜が続くが、これを熱燗にする気にはなれない。勿体ない。
「今年の桜はあっという間に咲いてすぐに散ったわね」
「ああ、いつもに比べて見頃が短かったな。天候不順だったし」
庭の桜も今や濃い茜色の骨のような有様を呈している。
「春場所ももう終わっちゃったし。何のかんのと騒ぎながら」
角界が騒がしかったのは知っているが、私は余り興味がない。プロ野球が開幕してからそっちのほうが楽しい。
純米吟醸を瀬戸焼の杯でくい、と煽りながら法蓮草のお浸しを摘まむ。法蓮草のお浸しと言っても莫迦にしてはいけない。茹でた法蓮草を、前の晩からとった出汁に浸すのだ。出汁にはどんこ椎茸、羅臼昆布が使われている。私たち夫婦は揃って食道楽の為、食材にも拘りがあるのだ。法蓮草の上にほろ、と掛けられた細かな鰹節も上物だ。年上の女房は金の草鞋を履いても探せと言うが、私の場合、料理上手の女房は金の草鞋を履いても探せ、である。
沖田君も生きていれば私が良いお嫁さんを探してあげたんだがなあ。
そこまで考えて、これは一種ののろけだなと気付いた。
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