お喋り
帰宅途中、近所の顔見知りの奥さんと出会った。温厚で人柄の良い婦人だ。
私を見るとちょっと困った顔をして眉尻を下げて会釈する。こちらも会釈を返すと、おもむろに口を開いた。
「この間はすみませんでしたと、奥様にお伝えください」
「はい?」
「いえ、お喋りが盛り上がった拍子に、つい、お宅はお子さんはまだですかなんて、無神経なことをある人が言ってしまって」
「……ああ」
アイシングクッキーの荒ぶる文字が蘇った。そういうことか。私も妻もまだ若いし、私は妻がいれば子供がいなくても良いと考えているくらいである。しかし妻としては遣り切れない思いがあったのだろう。I MISS YOUのYOUは、ひょっとしたらまだ見ぬ赤ん坊ではあるまいか。
そんなことを考えると、私は切なくなってしまった。
奥さんと別れて歩いていると、板塀からはみ出した柿の樹に烏が留まっていた。沖田君が、その烏と何やら話しているようだ。彼は鳥とも話が出来るのか!
彼の声はいつもと比べて格段に低かった。
「……ああ。ああ。解っている。あいつはまだ眠ったままだ。このままでは――――。さんなんさんも、」
途切れがちに聴こえる声が、中断された。沖田君が私を見ている。丸い目で、虚を突かれた、といった風だ。私は、あえて何事もなかったかのように沖田君の肩に手を置くと、帰ろうと言った。彼の家は正確にはうちではないが、なぜだかそう言わなければならない気がした。
ご感想など頂けますと、今後の励みになります。





バイオレット、バイオレット、シークレット。連載中です。