楽しかった思い出
世の中にはどうやら、私のあずかり知らないことがたくさんあるらしい。
そんなことを、ここ最近の出来事で考えるに至った。本当は、自分が知っていることなんか、ほんの少し、一欠片なんじゃないだろうか。私たちは知らない不可思議に囲まれて、日々を送っているのだ。
そして私の目の前には今、胡麻油に粗塩、黒酢と胡麻油と醤油に胡椒、豆板醤と胡麻油の三種のたれが置かれている。今日の夕食は鰆のウーロン茶葉蒸し。鰆を蒸し器にウーロン茶葉と共に入れ、蒸した物に三種のたれを好みでつけながら食べるのだ。私の横には当然のようにビールがある。日本酒ではこの料理のパンチに勝てない。
沖田君は初めて見る料理を興味深そうに眺め、妻の教えるようにたれをつけて食べている。豆板醤のたれも平気らしい。美味しそうに顔を綻ばせている。
「昔はこんなの食べなかっただろう」
「縁がありませんでしたねえ。平山先生は食事も質素を旨として、僕もそうしたところに心酔していましたし。新撰組が京都で幅を利かせるようになるまでは、試衛館の仲間内での食事も贅沢な物ではありませんでした。その癖、近藤さんが食客をごろごろ招き入れるものだから」
沖田君は楽しそうに笑って、ビールを一口飲んだ。
何とはなしにほっとする。
やはり沖田君には、屈託なく笑っていて欲しい。昔日においては、辛いことや悲しいこともあっただろう。
それはあの小鬼の一件からでも解る。
だから、どうせ美味しい食事と思い出すなら、良い思い出であって欲しいのだ。
そして妻よ。少し飲み過ぎだぞ?
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