フォーゲット
ちち、ちゅんちゅん、という雀の声で目が覚める。
私はびっしょりと汗を掻いていた。
内容は憶えていないが、悪夢を見た気がする。心配そうに顔を覗き込む妻に、大丈夫だよと笑って見せた。我ながら説得力がないと思いながら。
その日、帰ると、いつものように妻と沖田君が縁側に並んで座っていた。
茶飲み話に花が咲いているようだ。どことなく、女友達同士の邪魔をするようで気が引ける。やはり沖田君が先に私に気付く。
「お帰りなさい」
「あら。お帰りなさい、貴方」
「ただいま。ショートケーキを買ってきたよ」
「まあ、どうした風の吹き回し?」
「良いじゃないか、たまには」
もちろんショートケーキは、「誠」の字が書かれていないものだ。
妻はご機嫌で紅茶を淹れに台所に向かう。
私は自分でもどうした風の吹き回しだろうと怪訝に思っていた。誰に対してであったか、何か申し訳ないことをした気がして、罪悪感から洋菓子店に足を運んでいた。
沖田君がそんな私をじっと見る。
やや色味の薄い瞳は純真な子供のようで、どうにも落ち着かない。
私は意味もなく咳払いして、視線を余所に逃がした。
「終わりだな」
「え?」
「いや、桜がそろそろ」
「ああ」
沖田君は一瞬、何かに怯えたような顔を見せ、それから得心したように頷いた。
「妙な夢を見たようなんだが、憶えてないんだよなあ」
私は話題を転換しようと試みる。
「……夢」
「うん」
「思い出さないほうが良いですよ」
「ん?」
「悪い夢だったんでしょう?」
「だと思う」
「なら、思い出さないほうが良いですよ」
沖田君は二度言って、笑った。
それは何だか泣き出す前の空のような笑顔で。
私は頷くより他になかった。
ご感想など頂けますと励みになります。





バイオレット、バイオレット、シークレット。連載中です。