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もう一人の沖田君
いよいよ暑さが夏のそれになってきた。
気象庁が梅雨入り宣言をして、雨がしとしと、それを裏付けるように降っている。
沖田君が縁側で寝ていた。それは丁度、夢の中の彼が寝ているのと似た様子で、刀を抱いて丸くなっている。悪夢にうなされている訳ではないらしく、私は僅かばかりの安堵と共に彼の寝顔を見守る。
烏の鳴き声。
「間もなくだぞ」
煩い。何が間もなくだと言うのか。どう言われても、私はこの沖田君を死守する。その時、沖田君の目が開いた。
何がどうとは言えない。
ただ、私は直感的に飛びずさった。結果、それが幸いして、沖田君の抜刀の間合いから外れることが出来た。沖田君の抜いた白刃が露含むような凄惨な美しさで私に迫る。沖田君の目は獣の目だった。本能の赴くまま、人を斬る。私は無意識に左腰に手を遣っていた。刀はないのだ、と思い出す。
瞬速の剣捌きをどうにかかわして、私は沖田君の懐に飛び込み、掌底を腹に叩き込んだ。沖田君が庭にまで吹っ飛ぶ。
吹き飛んで、俯けていた顔を上げると、そこにはいつもの沖田君の面持ちがあった。
「ご亭主。僕は、今」
「何でもない。何でもないんだよ、沖田君」
迷子になった子供に言い諭すように、私は彼に穏やかに告げる。
烏が嘲笑うようにまた一声、鳴いて飛び立って行った。





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