偉人
「改暦について思案しておったのだが、さて。そちらの用向きについてだが」
私たちがかき氷を食べ終える頃を見計らって、晴雄さんがおもむろに切り出すと、鷹雪君がまずは口元を拭い、背筋を正した。凛とした風情が漂う。
「元の時代。つまり、ここより先の時代に戻る術を、ご教授願いたい」
「ふむ」
晴雄さんは鼻の下に手を当てて、伏し目がちになった。考え事をする時の癖なのかもしれない。
「そも、この時代に飛ばされたことからして、陰陽師としての未熟を認めねばなるまいよ」
「――――承知しております。恥じ入るばかりです」
「死霊三名、現身が二名か。よくもまあ、飛ばされたものだ。それだけ、この時代への執着が強かったと見える」
土方君の顔を、私は思い浮かべた。
「先の世に戻るには、本懐を遂げさせてやるのが早道ではあろうが」
「それは。それは、危険ではありませんか」
私はそこで初めて口を挟んだ。晴雄さんは気分を害した風もなく、優しく微笑んで私を見た。
「必ずしもそうとは言えまいよ。危険と言うなら、この時代に不確かな身の上で止まり続けるほうが余程、危険であろう。我が邸に匿っても良いが、それにも限度はある」
「歴史を変えても良いと?」
「歴史。歴史か。歴史というものは生き物でな。日々刻々、変化している。寧ろ、変わらぬほうがおかしいのだよ」
それでは土方君の行為を全面的に肯定することになる。沖田君も、さんなんさんが生き延びるような、物騒なことを言っていた。彼らにすれば、必死の事柄ではあるのだろうが。
晴雄さんの膝に留まったままだった小鳥が私の元に飛んできて、肩に留まり、囀った。美しい響きだ。
「時は自ずから人を選ぶ。そう案じずとも、遠からず先の世に引き戻されるだろう。しばし、待たれよ」
重々しく、また、諭す声音でそう言われては、これ以上何を言うことも出来ない。
「ところで安倍鷹雪。我が子孫とやらよ」
「――――はい」
「私の寿命、また、私が朝廷に奏上している改暦はなされるか、知っているかね」
「…………」
「遠慮は無用。言うたであろう。時は流動的なものだと。そなたの知る歴史が、必ずしもその通りになるとは限らぬ」
「……この後、新しき世が来ます。貴方の仰る改暦は見送られます。新しい世の高官たちが、暦を軽んじるからです。貴方は、四十三でお亡くなりになります」
小鳥の囀りだけが、その場に満ちた。
「……そうか。辛いことを言わせたな」
「いえ」
晴雄さんの笑みには慈愛が宿り、とても己の近い死期を知らされた人の顔には見えなかった。
爽やかな風が通り抜ける。
この人は、歴史を大きく動かすような業績を残さなかったかもしれない。けれど私には、こういう人こそが偉人なのだと思えた。





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