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1話 護衛任務

 二十年前、東京の真ん中に穴があいた。


 ビルも、人も、法律も、まとめて壊れるか死ぬかした。


「リンちゃんせんぱーい、これじゃ遅刻しちゃいますよ~」


「このご時世じゃあ対向車なんていないんだし、スピード出してくれよぉ」


 崩れたビルの隙間を縫うように、少女たちの乗る軍用車が埃を巻き上げる。


 タイヤが荒れた道路をさらに抉る。


「は、はいぃ……でも制限速度……安全運転がしたい……」


「先輩。これ以上遅れたら依頼人が死んじゃうから気を付けて。それと道交法とか気にしたところで、もうないから」


 東京はたった一人の異能を持った少女の暴走で首都としての機能を失い、武装勢力が跋扈する無法地帯と化した。


 彼女たちは無法地帯を生き延びるために結成された「便利屋コロシ部」という名の少女傭兵団。


 そして東京の征服。それが彼女らの最終目標だった。


 *


「あのふざけた名前の護衛はまだですか、オヤジ……!」


 真夜中の雑居ビル一室で、顔に傷のある若い男が中年のスーツ姿の男に焦った様子で語りかけた。


 小指の欠けた手には拳銃が握られ、彼がヤクザであることを物語っていた。


「黙ってろケンジ。お前が焦ったところでどうにもならねえだろ」


 オヤジと呼ばれたスーツ姿の男は部屋の奥の机にアサルトライフルを立てかけ、タバコの煙を吐いてから答える。


 そう言いつつも、彼は何度も腕時計を見ていた。


 真夜中であるのにその部屋には十人ほどの若い男達が詰めており、各々が拳銃、短刀、果ては猟銃を手に取り武装していた。


「けどよオヤジ……! 雇えたのはCランクの便利屋だ……今度こそみんな死ぬかもなんだぜ……!」


 ケンジと呼ばれた男が抗弁する。


 スーツの男が眉間にしわを寄せ、何か言おうとすると同時に事務所のドアが勢いよく開け放たれた。


 一斉に向けられる銃口。


「香川組長、組員の皆さんこんにちは。『便利屋コロシ部』です。『極殺小隊』潰しに来ました」


 入ってきたのは光を吸い込んでしまうような、黒いストレートヘアの少女。


 そして自らに向けられた敵意を意に介さず、漆黒の髪の少女を先頭にして四人の少女がずかずかと入り込んできた。


 赤いジャージを着た一人を除いた三人は濃紺のセーラー服を身に纏っている。


「しけた事務所に武器だなあ、おい。ホントにやる気あんのかぁ?」


「やる気があるからわざわざあの『極殺』相手に徹底抗戦するんだろ~。頭使いな~?」


「私ごときが護衛だなんて……失礼します……」


 学校の制服。


 彼女たちの産まれる前……東京が破壊されるまでは同じ物を着た学生たちが闊歩していた、今となってはそんな時代錯誤な物。


「よく来てくれた。依頼人の五代目不二組組長の香川だ。それにしても……嬢ちゃんたちがあの『極殺』相手に戦ってくれるっていう『呪い子』か?」


 そう言いながらオヤジと呼ばれたスーツの男、すなわち不二組の組長がタバコを灰皿に押し付けて立ち上がった。


「その呼び方はお勧めできないかもね。嫌いな子もいるから」


 黒髪の少女が、隣の赤ジャージを着た少女を指差しながら言う。


 彼女とは縁もゆかりもない校章があしらわれた真っ赤な体育用のジャージと、自分で染めたようなムラのある金髪が特徴的な少女。


 彼女は纏ったジャージに不釣り合いな革のベルトをし、そこに帯刀していた。


 そして金髪少女は今にも斬りかかろうとばかりに手にした刀の鍔に指をかけている。


「悪いな嬢ちゃん。『アドバンス』……だったな。長いことこんな稼業をやってるだけあって口が悪い。許してくれ。……それにしたってお前ら、どうして制服(そんなもん)着てやがる」


「組長サンは……そっか、昔はヤクザも学校出てるんだもんね。いいな~学校! 青春したかったな~」


 次に口を開いたのは四人の中では一番背の低い、茶色がかったボブカットの少女。


 その仕草には背伸びした皮肉っぽい言葉に似つかない、どこか小動物を思わせるものがあった。


「テメエらヤクザ舐めてんのか、コラ!」


 そんな少女たちへ顔に傷のある若者、ケンジが銃を向け怒声を浴びせる。


 最後の一人。大人びた顔立ちをした背の高いポニーテールの少女は、おろおろと背負っていた武器ケースを降ろし、床に立てかけ隠れるように屈みこんだ。


「アカネちゃん、渚ちゃん。そこまで。リンちゃん先輩も落ち着いて」


「銃を下げろ。お前らも落ち着け……何回言わせるんだ、馬鹿どもが……」


 渋々と若い組員が武器を下げる。


「改めて『便利屋コロシ部』全員集合。私がリーダーのルナ。赤ジャージがアカネちゃん、わかりやすいでしょ。小さくて口悪いのが渚ちゃん。武器ケースに隠れてるのがリンちゃん先輩。以上四名であなた方を狙う『極殺小隊』を潰します。以後よろしく」


「事前に聞いてたのはサポート要員と狙撃手で一人ずつ……なら俺たちと戦うのはポン刀の嬢ちゃんとお前さん。間違いないな?」


「違うけど」


 きょとんとした様子で「便利屋コロシ部」リーダー、ルナが香川の発言を否定する。


「一緒に戦う? 隅でじっとしてもらえたら死なないように済ませるから、余計な事はしないで。それにあなたからの依頼は『自分の命と金庫の無事』だったはずだけど」


 組員たちの表情が怪訝なものになり、香川の顔色はルナに対する怒りと組員からの疑念の視線により目まぐるしく変わった。


「オヤジ! なんだその話……」


 ケンジが香川を問い詰めようと詰め寄る。


 次の瞬間。


「あ……」


 四人の中で最も目の良い狙撃手の「リンちゃん先輩」こと凛子が呟いた。


 爆音。耳鳴り。遅れて建物の一部が崩れる音。


 凛子が見たのはロープで滑り降りてきた人影だった。


 それは崩壊前の日本でビルの窓掃除をしていた清掃員のように。


 ただ、清掃員と決定的に違う点は筒状の武器を担いでいたこと。


 敵の攻撃開始は突然だった。


 「不二組」を狙う「極殺小隊」の構成員が屋上から降り、ロケット弾を事務所の窓に向けて撃ったのだ。


 凛子に突き飛ばされる形で爆発から逃れたルナ、アカネ、渚たちは建物の破片を払い落しながら立ち上がる。


「ってぇなあ……ってオイ! オッサンは!?」


 刀の状態を確認しながら香川の安否を気にするアカネ。


「うえ〜ミンチよりひでえや」


 散らばる肉片を露骨に嫌がる渚。


 追撃を警戒していたルナも遅れて起き上がり周囲を見渡す。


 武装していた組員たちは血だまりの中で死んだか、虫の息だった。


 その中で血塗れの肉塊が瓦礫と共にうごめき、宙に浮き、床に落ちる。


 さっきまで組員だった肉塊を放り捨てたのはその下で難を逃れた香川だった。


 香川は爆発の直前、彼を問い詰めるために近くまで来たケンジを盾にしていたのだ。


「よかった。香川さんに死なれたらこの依頼も失敗だったから。金庫は?」


「ああ、金庫は問題ない。しかしヘマばっかしやがるガキも最後に少しは役に立ったな……」


 アカネは香川の一言に顔をしかめ、ルナに問いかけた。


「あんなぁ、仕事の話は全部任せてるアタシが言えた話じゃないけど、なんでこんな割に合わねえ依頼なんか受けたんだよ? それにクズの依頼人のさぁ!」


「理由? いつか東京を征服してこの人たちみたいな大人の作ったルールをぶち壊したいから。元からアカネちゃんもそのつもりでしょ」


 ルナはケンジの亡骸と香川を交互に見つめて答えた。


 そして自前の拳銃を取り出して次の攻撃に備える。


「『極殺』潰しはそのための売名ってことかよ? スケールのデカさを感じるわぁ……」


「売名も目的だけど、それだけじゃないよ。こんなチンケなヤクザ相手にあの『極殺小隊』がわざわざ動くと思う? 確実に裏があるはず」


 ルナの意味深な返答に困惑しながら、アカネは視界の端に映ったモノに気を取られた。


「あちゃー……先輩死んじゃってる」


 アカネが見たものは両足が吹き飛び、頭部が陥没した凛子の死体だった。


 だが、死んだはずの凛子の指が微かに動いた。


 彼女の潰れた頭部は次第に形を取り戻していく。


 再生能力。


 ルナたちは「アドバンス」と呼ばれる超能力者の少女たち。


 かつて二十年前に東京を機能停止に追い込んだ少女「ヒイラギ・ヒナタ」も規格外ではあるが、その一人だ。


「初動はこっちの負け。でも、それ以外で全部勝つから」


 凛子の再生を一瞥したルナはそう言ってのけるのだった。

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