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ひざまずく騎士に、彼女は冷たい  作者: 遊森謡子
後日談・番外編
24/24

仕事と愛の板挟み おまけ(オルセード視点)

 温かい。いい匂いがする……


 俺は、ゆっくりと目を開いた。


 目の前にはテーブル、そして部屋はいくつもの書棚に囲まれている。自室ではなく、一階の書斎のソファで眠ってしまったらしい。


 窓の向こうは薄明るく、淡い紫色の空に白い雲が、刷毛ではいたようにかかっていた。

 その紫色に、俺はぼんやりと、シオンを想う。

 彼女の名前は、紫色の花と同じ音を持っているそうだ。きっとその花は、夜明けの紫のように澄んだ冷たさを持っていて、その冷たさの中にやがて射し染める光を含んでいる……そんな花なのだろうと思う。


 光の温かさを感じ取ろうと、俺は腕を伸ばして、いい匂いのするそれに手を這わせ、頬をすり寄せた。


「あっ……オルセード、やめ……」

 ……ん?

「まって……無理」

 かすれた声。


 ハッ、と覚醒した俺は、勢いよく身体を起こした。


 ソファの背にもたれたシオンが、目を閉じて眉根を寄せている。何かに耐えているかのような表情だ。

「シ、シオン」

 なんということだ。俺は昨夜、彼女の膝枕で……!

 あまつさえ、そんな彼女の、あ、脚を、なで回していたのではないか!?


「済まない、寝ぼけた。君に不埒なことをするつもりは」

「ん、んう……」

 シオンは身体をよじり、俺から顔を背けてソファの背に頭をもたせかける。

「シオン……?」

 その悩ましげな声と表情に、うっかり胸を高鳴らせていると──


「あ、あし、が」

 シオンは、ふるっ、と肩を震わせた。

「足が、しびれた。いたたた、うう」


「え」

 またもや、俺は愕然とした。

 そうだ。一晩、彼女の華奢な足に俺の重い頭を預けていたことになるのに、俺ときたら何をおかしな妄想を!


「悪かった、重かっただろう。足が辛いんだな?」

 あわてた俺は、とっさに彼女の足をさすろうと、今まで頭を載せていたそこに触れた。

「んっ、やっ!」

 聞いたことのない、シオンの可愛い声。

「えっ!?」

「さ、触らないでっ。ううう」


 そ、そうか。しびれた足に触られるのは、確かにかえって辛いかもしれない。


 申し訳ない気持ちと、ときめいてしまった気持ちと、後ろめたい気持ちで、俺の心は大混乱だ。おろおろと手をさまよわせていると、短い呼吸を繰り返していたシオンが、ようやく目を開いた。

「はぁ……っ……あ、少し、感覚、戻ってきたかな……うう」


 辛そうに身じろぎする彼女を見ていられず、俺は必死で寝起きの頭を回転させる。


 そうだ、こんなソファにいつまでもいさせてはいけない。もっとゆったりできる場所に寝かせなければ。


「シオン、横になった方がいい。楽になれるところに行こう」

 俺は身を低くしながらソファから降りると、シオンの脇と膝の下に手を入れた。さっ、と彼女を抱いて立ち上がる。

「あっ、ちょ、オルセード」

「少し辛抱してくれ」

「やだ、自分で歩、んんっ」

 体勢が変わって別の痛みが来たのか、シオンが目をぎゅっと瞑る。そんなところも可愛らしくて、またもやときめいてしまった。


 愛おしい気持ちでいっぱいになりながら、書斎を出る。ホールから階段を上がり、シオンの寝室まで連れて行く。その間、腕に抱いた彼女の髪の香りと、柔らかな身体の感触が、俺に全力の誘惑をしかけてきていた。

 行き先まで寝室なのだ、なんの拷問か。しかしもちろん、俺はそれに耐えなければならない。


 シオンの寝室の前までやってきた。彼女の膝下に入れていた手をそのまま伸ばして、指先でレバーを下げ、身体で扉を押しながら中に入る。


 そっと、壊れ物を扱うように、シオンを寝台に下ろした。

 はぁ、と、彼女が漏らす吐息さえ悩ましい。


「シオン……」

 俺は、彼女に礼を言うべきだと思った。

 何しろ一晩、膝枕をしてもらったのだ。重かっただろうに、彼女はそれでも一晩、俺と過ごしてくれた。そうしてもいいと思ってくれた。

俺の心に嬉しさが湧き上がり、幸せが満ちる。


 寝台の横にひざまずき、シオンの視線をこちらに引きつけた。彼女がいぶかしげに、俺を見つめる。


 俺は、気持ちを込めて、ささやいた。

「シオン……幸せな夜を、ありがとう」

「いや、だからそういう言い方やめてくれる」

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― 新着の感想 ―
[良い点] 何回読んでも好きです…。 続編の続編もあったらな…とそれくらい大好きな小説です。書籍もシーモアで購入しました。 オルセードとシオンが幸せに、2人のしがらみがなくなって日本で得られたであろう…
[一言] シーモアで読んで先が気になり検索してみたら続きがあって嬉しかった。 出来たら…この先も読みたい!
[一言] 初めてちょい重い話読んで「本編こーゆーendなのか…」と少し驚きましたが結構こういうお話好きということがわかりました笑 ありがとうございます新しい発見でした そして2人がなんだかんだ幸せそう…
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