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ひざまずく騎士に、彼女は冷たい  作者: 遊森謡子
後日談・番外編
22/24

【続編連載告知小話】 ビスケットを君に (オルセード視点)

なろうさん版では初の、オルセード視点です(書籍版にはオルセード視点アリ・多め)。


同じくなろうさんで、続編『冷たい彼女は、手負いの騎士を手放さない』連載しています。2017/8/4完結予定。シリーズからどうぞ。

 最近、俺は少し反省していた。


 シオンと二人でいるとき、彼女が視線を上げて俺の目を見ると、俺はつい誘われるように近づいてしまう。彼女が俺の存在を受け入れてくれていることが、伝わってくるからだ。おそらく俺の目にも、彼女を愛おしく思う気持ちが溢れているに違いない。


 俺のせいで彼女の人生に起こったことを忘れたわけでは、もちろん、ない。

 ただ、チェディスにいたころ、互いに向けていた苦い視線を思うと、今の二人の時間がとても貴重なものに思える。この瞬間を逃したくない、ずっと味わっていたいと思う。

 それで、つい……シオンを抱きしめて、口づけてしまうのだ。二人きりになるたびに。


 いくら彼女が受け入れてくれるからといって、しつこいと思われたくないし、その先を望んでいると思われて軽蔑されたり怯えられたりしてしまうのは、俺の本意ではない。節度は守らなくてはならない。

 俺は彼女の夫であると同時に、彼女の騎士だ。愛情の表現は、肉体的な接触以外でもなされるべきだと思う。ただし金銭的なもの以外で、だ。シオンはそういったことを嫌う。


 かといって、気の利いた言葉のひとつも俺には言えない。思ったことそのままを言っているつもりでも、シオンは

「紛らわしい言い回しはやめて」

と眉を潜めることがあるのだ。


 考え込みながら公邸の廊下を歩いていると、シオンの部屋からメイドのネビアが出てきた。俺に気づいて、腰を落として挨拶する。

「旦那様、おはようございます。シオン様、お部屋にいらっしゃいますよ」

「最近、シオンの体調はどうだ?」

 俺は尋ねた。チェディスからエスティスに来てすぐは、やはり急に気候が変わったせいか、だるそうにしていることがあった。

「お元気ですよ、朝食も全部お召し上がりでした。あ、そういえば」

 ネビアは笑顔で続ける。

「最近、寝室のビスケットジャー、減っていることがあるんです。かなり食欲が出てこられたんですね!」

 寝室にはすぐにつまめるように、ビスケットを入れたガラス瓶が置いてある。部屋の主人が食べなければ、定期的に捨てられて交換されるものだ。

 それの中身が減っていると聞いて、俺は嬉しくなった。

「それはよかった。……シオンは、甘い菓子が好きなんだろうか」

「どうでしょうか、あのビスケットはそんなに甘くな……あっ」

 ぱっ、と口を押さえるネビア。俺はうなずく。

「参考になった、ありがとう」

 彼女が厨房で料理人からもらったのか、それともシオンのジャーからつまみ食いをしたのかは、追求しないことにした。


 町で買い物をして公邸に戻ってきた俺は、シオンの姿を探した。部屋にはいなかったので、おそらく庭だと思うのだが……

 美しく手入れされた木々の合間に、木製のあずまやが見えている。その柱と手すりの間から、シオンの後ろ姿が見えた。

 俺は、手にした包みに目をやる。

 官邸の職員に聞いて、町で人気の菓子店に行ってきたのだ。公邸の料理人も菓子を作るのがとても上手いが、料理人が普段作らないような菓子を買ってくれば、シオンが珍しがって喜ぶかもしれない。


 俺は庭の小道を辿り、あずまやに近づいた。

 シオンは俺に背を向けたまま、動かない。もしかしたら、うたた寝でもしているのかもしれない。


「シオン」

 そっと声をかけた瞬間――


「あっ」


 シオンが声を上げ、俺は失敗を悟った。

 バサバサッという羽ばたきの音がして、小鳥が二羽、あずまやの中から飛び立ったのだ。


 小鳥を見送ったシオンが、こちらを振り向く。

「……オルセード?」

 俺は回り込んで、あずまやの中に入る。

 中央のテーブルに、ビスケットのかけらがいくつか置かれていた。そして、ベンチに腰掛けたシオンの小さな手のひらにも。

「……済まない……小鳥と遊んでいたのか」

 シオンはうなずいて、自分の手元に視線を落とす。

「部屋に置いてあるビスケット、時々あげてたら、だんだん慣れてきてくれて。そのうち、私の手にも乗ってくれないかなって」


 ビスケットはシオンが食べていたのではなく、小鳥が食べていたらしい。


「邪魔をしてしまった」

「別に、大丈夫。焦ってないし。ゆっくり仲良くなるから」

 シオンは淡々と言いながら、手の中のかけらをテーブルに置いた。そして、俺の手元を見る。

「何か、用だった?」


「ああ……」

 シオンが菓子が好きなのかどうかも、もはやわからなくなってしまったが、俺は包みを開いてみせた。

 ビスケットに、溶かした砂糖で飾り付けがしてあるものだ。

「町で人気だと聞いたので、シオンに」

「きれい」

 シオンはすぐに言って、少し身を乗り出してビスケットを見つめた。

「こういうお菓子、あったな」

「済まない、聞こえなかった」

「ううん、何でもない。ありがとう」

 彼女の口元が、柔らかくなる。

「甘いものは好き」


 その貴重な表情に、俺は見とれた。


 不意にシオンが立ち上がったので、俺は思わず手を伸ばして彼女の手を取る。彼女は不思議そうに俺を見た。

「何?」

「いや、どこへ行くのかと」

「どこって、オルセードも食べるんでしょ。お茶をもらってくる」

 俺と一緒に、このビスケットを楽しんでくれるらしい。


「俺が行く」

 立ち上がった俺を、「そう?」と見上げるシオン。


 愛おしくて、たまらない。


 俺は結局――我慢のきかない男で済まない――シオンの柔らかい唇に、口づけを落とした。



【ビスケットを君に 終】

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