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16 彼女は騎士をひざまずかせる

「どうしたら君に償えるのか、俺にはいまだにわからない」

 つぶやくオルセードを、まるで、救うかのように。

 私は、自分でも驚くほど優しい声で、話しかけた。

「どうすればいいか、教えてあげようか」


 オルセードが顔を上げた。大の大人が、すがるように私を見ている。


 最初から私に、どうして欲しいか聞けばよかったのにね……って、私の方が拒絶してたんだけど。それに私自身、この国のことや私を堕とした張本人たちのこと、色々なことを知らないうちからどうすればいいのかなんて、わかりようがなかった。

 でも、今ならわかる。


 私は声の調子を変えないまま、彼に尋ねる。

「その前に、一つだけ教えて。私に、騎士の誓いをしないのは、なぜ?」

「……君が……嫌がっていたのを、無理強いはできない」

 騎士の誓いを、私が嫌がった? いつ? ……まあ、きっと何もかも嫌に感じたはずだけど。

「嫌だけど、今、誓って。私の騎士になると」

 意識して、命令口調で言った。

「正式な方法で、誓いなさい」


 オルセードはためらいながらも、ゆっくりと身体を起こし、私の前で片膝をついた。

 そして、私の左手を持ち上げ――手の甲に、唇をあてた。


 何だ……あっけない。これが誓いの仕草だったのか。私が拒否しまくっていた、手の甲へのキス。


 そして彼は私の手を額に押しいただくようにして、言う。

「シオンのために生き、シオンのために死ぬ騎士になることを誓う。貴女の騎士オルセードに、許しを」

「私が『許す』って言えば、誓いは成立するの?」

「……俺の額に……君も、その……」

 ああ。なるほど。

「いや、シオン、正式でなくても」

 顔を上げてそう言いかけるオルセードに、私は顔を近づけた。


 正式な方法で、誓いを結んで。生真面目なこの人を――縛る。


 私は、彼の額に唇をあてた。

「……シオン」

「オルセード」

 私は間近で、彼と目を合わせた。彼は驚いたように、目を見開く。

 それは、私が自然と、微笑んでいたからだろう。


「私を、遠くへ連れて行きなさい。あなたの回りのもの全てを、断ち切って」


 

◇   ◇   ◇



 思っていたよりも、私は島国っ子らしい。

 冬を越えた港で、春風が運んでくる潮の香りに包まれて深呼吸すると、心が透き通る気がする。波が桟橋に打ち付ける、ちゃぷちゃぷという音も、くすぐられてるみたいで心地いい。


「シオン、そろそろ行こう」

 声に振り向くと、後ろには私の騎士オルセードが立っていて、片手をこちらに差し出していた。私がそこに手を乗せると、彼は私を見つめて微笑む。

 愛おしげに……そしてどこか、辛そうに。


 季節は、春。私とオルセードは、今日、海の向こうの国に旅立つ。オルセードのお父さんが任期を終えた駐在武官の仕事、その後をオルセードが継ぐことになったからだ。

 後継を希望するように命じたのは、私。


 この国で暮らしたまま、オルセードの人間関係をそのままにして私に償うのは、到底無理な話なのだ。何も持たない私と、全てを持ったままのオルセードじゃ、私に負担がかかるに決まってる。

 そして私とオルセードのつながりが切れないなら、オルセードの方を、周囲の全てから断ち切ってしまえばいい。オルセードも一から始めるのだ。私と一緒に。

 彼は彼の持つ全てで私に償おうとしていたけど、そんな邪魔なものは足下に振り捨てて、踏み台にさせてもらう。


 例えば、駐在武官の仕事に同伴できるのは、家族だけだそうだ。オルセードはレビアナお祖母さんに「シオンに恩返しをするため、どうしても連れていきたい」と頼み込み、身元のはっきりしない私を形式上の妻にするための根回しをしてもらった。これも、踏み台の一つ。


 ただ、書類上の手続きだけというわけには行かなくて、宗教上の手続きとして、神官の前で誓う必要があった。

 地球でもおなじみの、誓いのキスをして。


 私は誓う前に、オルセードに教えた。

 故郷では、愛おしい人にしか、身体に唇を触れさせることはない。だから私にとって、騎士の誓いも、結婚の誓いも、オルセードと交わすなんて本当ならあり得ないのだと。

 それを知ったオルセードが、私に結婚の誓いのためのキスをした時、彼は本当に辛そうだった。私に更なる屈辱を与えているのと同じだからだ。


 出発の日の今日、大きな船には、乗客たちの荷物が次々と積み込まれていた。乗り込むためのステップに近づくと、その側に見送りのハルウェルが立っている。相変わらずの、苛立たしげな表情……でも、彼はもう、私の目を見られなくなっていた。


 ハルウェルは彼自身のためにも、私たちから物理的に距離を置いた方がいい。今のままじゃ、幼少期の悪夢をもう一度経験し直しているようなものだから。オルセードの任務はいい機会だ。

 彼はオルセードから、そんな風に説明されているはず。

 それでも、海を渡るとはいえオルセードはお父さんの仕事を継ぐのだから、まだこの国とオルセードはつながっている。ハルウェルもそれならと、多少は安心しているはず。任期が終われば帰ってくる、と。


 ハルウェルは、知らない。これから数年の駐在武官の任期を務め終えた後、私とオルセードがチェディスには戻らないつもりでいることを。

 駐在武官という、軍人と外交官を兼ねたような仕事柄、オルセードには色々な国の情報が集まって繋がりを作ることができる。だから、私が暮らしたいと望むような国を探して、そこへ二人で旅立とうと決めている。チェディスに国籍離脱の自由があって良かった、でなきゃ亡命することになって大変だった。

 私はハルウェルからオルセードを切り離して、遠くへと連れ去る。彼の大事なオルセードの生死を握るのは、私だけ。ハルウェルが関わることはもうできない。

 それが、彼への罰だ。


 船が、港を離れる。

 チェディス王国が、少しずつ遠くなっていく。

 けれど、あの国に特別な感慨はない。私の故郷は、空の彼方。

 私を心から心配してくれているキキョウには、いつか本当のことを書いた手紙を、ちゃんと送ろうと思う。お屋敷を出るときの、キキョウの涙の温かさは、私の心の奥にまでちゃんと届いているから。

 ああ、レビアナお祖母さんからも、手紙が来るだろうな。できれば最後まで、心配をかけずに済ませたいけれど……


「シオン、寒くないか」

 甲板に立つ私の側に、オルセードが寄り添う。首を横に振ると、彼は少し黙ってから、言った。

「……君は俺に、道を示してくれた。ハルウェルも、こうすることが一番良かったのだと思う。そして、ラーラシアをも救った」

 あー。それは、結果的にね?


 オルセードとラーラシア嬢がそろって一晩行方不明になった直後、オルセードが私の命令で父親の仕事を継ぐと言い出し、私と結婚したわけで。

 世間の人は、こう思う。もしオルセードがラーラシア嬢と何かあったのだとしたら、責任とってラーラシア嬢と結婚するはず……だって彼は生真面目で有名だから。でもそうならなかった。じゃあ何もなかったってことか? そんな感じで、噂はうやむやになったのだ。結局はまた、オルセードの真面目勝ちだ。

 失恋したラーラシア嬢を、救ったとは言えないような気もする。でも醜聞だけは免れたんだから、あとは彼女と彼女の家の問題だろう。


「オルセードたちを救ったのかもしれないけど、私は何も、許してはいない」

 だいぶうまくなったこちらの言語で、私ははっきりと、そう言う。

 オルセードはすぐに答えた。

「許す必要など、ない。……許さないままでも、俺たちを救った。こんなことができる人がいるとは、思ってもみなかった。感謝してもし足りない」

 

 オルセードが、私の頬に触れる。

「シオン」

 瞳には罪の意識が浮かんでいるのに、同時に私に恋い焦がれて、私を強く求めている。

 私は微笑み、目を閉じて、彼を誘う。

 唇を許すたび、辛さが伝わって、彼が私に償い続けているのがわかる。

 それを、冷ややかな気持ちであっても「可哀想」と思うのは、私なりの彼への愛情かもしれない。今の私にも、ちゃんとそういう気持ちがあるんだと思うと、少し安心する。笑えるようになったのは、それでかな。

 思えばこの人は、「許してくれ」って言ったことがない。言われていたら、すごく嫌だっただろうと思う。だって許しようがないんだから。許さないままでなら愛情を持てるというのも、変な話だけど。

 この騎士は、私のもの。私が一生彼を許さなくても、彼は側に居続けて私を幸せにしようと努める。一緒にいる、そのことが、彼にとっては罰なのだ。


 もう一度重なろうとした唇を、私は顔を背けて避けた。

 彼は片膝をついて、私の手を取り、私を見上げる。


 ……手になら、許してあげる。


 ひざまずく騎士に、私は冷たく微笑んだ。



【ひざまずく騎士に、彼女は冷たい 完】

重苦しい話でしたが、最後までお付き合い頂きありがとうございました!

第一話前書きで宣言した「ややいびつな二人の関係」に着地!


目標にしていたのは、

・召喚=誘拐であり、やった側が悪い、という点がぶれないようにする

・タイトル通り、ヒロインがヒーロー(?)より精神的に上に立つこと

・トリップヒロインには異世界で『活躍』してほしい。でも断罪だけじゃ活躍にはならないという作者意識。被害者であるヒロインが加害者を「救ってあげる」←一番の復讐?

・ただし、加害者を救ったとしても「許さない」こと


ヒロインは元々は「優しくて平凡な」女の子。助けの来ない異世界で、貴族である誘拐犯たちの上に立つのは、最初からはとても無理……という所からお話を組み立てて行ったのですが、ドロドロの過去を持つ男性陣相手に、上の目標を全部達成させるのはなかなか酷でした。途中で何度も、ほだされかけたり揺れたりという展開に。

が、彼女は精神的に少しずつ強くなって(オトナにもなって?)、裁判官のいない中でも状況を見据えてから自分で判決を下し、一歩踏み出したかなと思います。


ここで完結設定にしますが、何しろこういうお話なので、後日談(いつもなら書く)はどうしよう……オルセードはかっこいいヒーローではないので需要はないでしょうし、私の好きにしろという感じですよね。今後はシオンと常に一緒にいるのに寸止め地獄になるだけだし(このお話はR15です)……彼は戦いでは役に立つタイプですが気遣いの方向がおかしいので、その辺でシオンがヤレヤレする話なんかを書こうと思えば書ける……のか……?

ええと、もし何かリクエストがあれば、下さい。よろしくお願いします。


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