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10 まともな友達

「夕食会があるのですね。こんなこともあろうかと!」

 客室で待っていたキキョウは、私の服を一着用意して来ていた。夕食会用のドレスらしい。そういえばいつだったか、簡単にサイズを測られたような……と思いつつ、私はひるむ。

「え……いらない……」

「シオン様の気分が少しでも上向くものを、と選びました。ぜひ」

 キキョウは、私の扱いのコツをつかみつつある。オルセードのために着ろ、とか、ちゃんとした格好をしないとみっともない、とか、周りの都合に私を合わさせようとする台詞は一切言わない。私が過ごしやすいようにしたいだけだと、そこを第一に考えた発言をしてくれる。

 まあ、ね。今の格好がいかにも外出用なのは、私も何となくわかってる。夕食会で変に浮くのもストレスだ。キキョウが選んだドレスなら悪目立ちしないだろうから、逆に落ち着けるかもしれない……と、私はそれを着せてもらった。ほんと、こっちの服って、一人で着られない作りなのはどうかと思うよ……


 やがてノックの音がして、私がうなずくとキキョウが扉を開ける。

 紺の軍服姿のオルセードが入ってきた。彼には別に男性の従者さんがいるので、別室で着替えたんだろう。これが正装(?)らしい。

「……シオン。ドレスを着てくれたのか」

 彼はそう言ったかと思うと、私をじっと見つめたまま何やら小さく息を漏らした。

 ため息つくほどホッとしたわけ?

 私は裾を気にしながらも、黙って立ち上がった。

 ドレスはクリーム色で、やせっぽちが目立たない露出の少ないデザイン。クリーム色だけだと明るすぎるのを、襟元や袖口、裾に入った黒の刺繍が抑えてくれている。黒は私の髪に合わせたのかも。目立ちすぎず、地味すぎない感じ。

「綺麗だ」

 オルセードからお褒めの言葉。まあ一応は褒めるよね、そりゃ。

「ドレス、重い」

 つい正直なところを言うと、彼はすかさず言った。

「重いなら俺が抱えていこう」

「そういうのはいらない」

 あわてて答える。こんな裾の長い服を着たことがないから重く感じただけで、自分で歩けるって。 

 彼は言った。

「俺の傍から離れないでくれ」

「オルセードが死ぬからね」

 憎まれ口を叩くと、彼は大真面目にうなずいた。

「そうだ。君の姿が見えなくなりでもしたら」

 はいはい。

 皆まで聞かず、私は歩き出す。オルセードがすぐに追いついて、私たちは階段を下り食堂に向かった。


 食事は、このお屋敷の使用人さんが大皿を持ってテーブルを回り、一人一人が自分の分を取る形式になっていた。小食の私は、食べられなさそうなものは断ることができて都合がいい。

 私の隣の男性――左はオルセードだけど、右が知らない男の人だった。男女男女の順で座る決まりがあるらしい――が、話しかけてきた。

「いい夜ですね。同じ年頃の方がいて嬉しいです」

 同じ年頃?

 言われてみると、確かに若々しい気がする人だった。くるくるの金髪に青い目のすらりとした男性で、ひょっとして年下……?

「イーラム・ランディです、よろしく。オルセード団長の家にいらっしゃるんですね、僕も町なかに住んでいるんです」

「そうですか」

 もう彼は団長じゃないけど、と思いつつシンプルに相づちを打つと、彼は続けた。

「田舎の領地から、裁判官になる勉強のために町に出て、今日はその息抜きにと誘っていただきました。町ではまだまだ、戸惑うばかりの日々を送っています。どうか友人になって下さい」

 突っぱねるのも疲れるし、砕けた言い方にちょっと親しみが沸いた。友人になるって言ったって、別に高校の時みたいにLINEしたりカラオケ行ったりしなくていいわけでしょ。それならいいか。

 小さくうなずくと、彼は嬉しそうに言う。

「良かった。近いうちに我が家にご招待しますよ」

 その時、またさっきの、苛立ちのような感情が飛んできて――

 いきなり、反対隣のオルセードが口を挟んだ。

「シオンは病み上がりだ、しばらくはあまり出かけない方がいい。無理はして欲しくない」

 むっ。

 私は行くなんて言ってないのに、何をいきなり? これって指図?

 イーラムは特に気を悪くした様子もなく、答えた。

「そうですか、では僕からお訪ねしても構いませんか? 英雄のお宅にお邪魔させていただけたら、田舎の友人に自慢できます」

 なぜか、オルセードは一瞬逡巡した。その隙に、私が代わりに答えてやった。

「私は構いません。オルセードは?」

「……構わない」

「ありがとうございます!!」

 イーラムは嬉しそうに言い、私の方を見てちょっと照れくさそうに微笑んだ。

 なんだ、英雄様の家に行きたくて私を口実に使ったわけ?

 そう思ったけど、普段男性といえばオルセードやハルウェルしか見てない私には、イーラムの笑顔がまぶしすぎて、「まあいいや」と許したい気分になった。黙って食事に戻る。


 食事が終わると、貴婦人の一人から食後のお茶に誘われた。私は「病み上がりなので」と丁寧にお断りする。ちらりと見るとオルセードも他の男性に誘われている様子だったので、彼を置いてさっさと食堂を出た。

 すると、ものすごい勢いでオルセードが追ってきた。その様子を見た人々が笑っている。勘弁して……

 無人のホールに出て階段を登り始めたところで、追いついたオルセードに「シオン」と呼び止められる。

「さっきは、済まない。その、シオンを珍しがって近寄ってくる男には気をつけて欲しかったんだ。シオンを縛るつもりは……」

 私を見上げながら、珍しく言葉を濁すオルセード。私は、彼と目を合わせず言った。

「私はあの人の家に行きたいなんて言ってないし、別にどこにも出かけたくない」

 すると、下から声がした。

「だからって男を連れ込むなよ? また面倒な噂が立つ」

 こういうことを言う奴は決まってる。

「ハルウェル!」

 階段のすぐ下にいたハルウェルを睨むオルセード。私は奴を見下ろして言ってやった。

「そうだね。じゃああなたも、もう私に会いに来ないで。男なんでしょ、一応は」

「おまっ……」

 何か文句を言いかけたハルウェルを無視して、私はさっさと階段を上り自分の部屋に引き取った。


 客室ではキキョウが待っていて、笑顔で出迎えてくれた。私の周りで曇りない笑顔を見せてくれるのはキキョウだけだったけど、そういえば今日はそれ以外の笑顔を久し振りに見た。レビアナお祖母さんに、イーラム君。

 ……私が堕ちたこととは何の関係もない、友達がほしいな。命がつながってるとか、そういうしがらみのない、普通の友達が。

「お茶をお淹れしますね」

 キキョウの声に我に返り、座りながら答える。

「ありがとう……キキョウ、ご飯は?」

「使用人用の食堂で、こちらの皆さんと早目にいただきました。皆さん、シオン様に興味津々でしたよ」

「別に、私のこと何か聞かれたら話してもいいよ」

「ええ」

 キキョウはただ微笑む。まあ、気を使うよね。

 お茶を一口飲んだら、深いため息が出た。キキョウが髪を解いてくれながら「お疲れのようですね」と心配するので、私は言った。

「でも、これで皆さんわかったんじゃない? オルセードは誰にでも、恩義を感じた人には仕える、それだけだって。本当に有名なんだね、オルセードが真面目だってことは」

「騎士として相応しいお方です。今までもお仕事一筋で、結婚もなさらなかったですし」

 あー。納得。隣の国に攻め込まれそうな程度にはゴタゴタしてたらしいし、そんなときに結婚なんかしてられるか、的な? ラーラシアさんが他の人と婚約したのも、オルセードのことなんか待ってられなかったからだったりして。

「そんなご立派な人が、よく騎士団を辞められたね。国を救ったご褒美として、辞めることを許してもらった、とは聞いたけど……引き留められたんじゃない?」

「陛下は強くお引き留めになったようですが、結局王妃様が、お辞めにならない限り仕事仕事でご結婚もなさらないのでは……とお口添えされたとか。ですから、オルセード様がお連れになったシオン様がいよいよそのお相手なのでは、と皆様注目してらっしゃったんでしょうね」

「じゃあ、今日違うってわかったんだから、この後大変だね。縁談が次々来るかもよ。私がいたら邪魔だろうな」

「いいえ」

 キキョウはきっぱりと言った。

「オルセード様はシオン様第一ですのに、邪魔にするなど考えられません。それに、シオン様がいらっしゃるのですから、奥様が必要だとお思いにすらならないかもしれません」

「待って、私は貴族の奥さんの役割なんかしないし。オルセードの家にいるからって、何か手伝うつもりはないんだけど」

「何というか……お手伝いするのはオルセード様の方から、と言いますか」

 そう言ったキキョウは、慌てて付け加えた。

「いえ! 別にオルセード様の方が奥様、とかそういうアレでは!」

 その言葉で、一瞬笑ってみたいような気持ちになったけど、キキョウはすぐに続ける。

「シオン様の騎士、ということです、ええ」

「…………うん……どうだろ」


 ……でもね、キキョウ。オルセードは私に『騎士の誓い』っていうのをしてないんだってさ。それってどういうことだと思う?


 口にはできず黙り込むと、キキョウは我に返ったように頭を下げた。

「出過ぎたことを申しました。そろそろ、お召し替えなさいますか?」

 私はうなずいて立ち上がった。

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