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イド:エクリプス  作者: 西街八代
第一章
7/11

6話『フロイト機関(前)』

前回で一区切りと言ったな。あれは嘘だ。


次章のために書いたストックですが、一章に絡める必要性が出たため、急遽投稿します。

テンポの都合から、前後編に分割しての投稿です。

 それは、進路希望調査を提出した日の、放課後の事であった。

 いつも通り三鷹と馬鹿話をしたのち、「明日以降の三枝はどんな風に変わってるかな」なんて密かな楽しみにしながら、校門を出たその瞬間。


「栗栖くん。」


 背後から呼び止められ、栗栖玲治は「んぁ?」と腑抜けた声を出しながら振り返った。

 そこに立っていたのは、クラスで一位二位を競う美少女……そして数日前に『イド』で苦楽を共にした、華炸桐花だった。校門に背を預けている彼女は、ちょいちょいと、小さく手招きをした。

 玲治は周囲を見渡し、自分以外に人影がないのを確認すると、そそくさと桐花に駆け寄った。それを見た彼女は、何事かと眉をしかめる。


「なんでそんなに挙動不審なのよ。」

「いや、勘違いだったら恥ずいじゃんか。……んで、どうしたんだよ。」

「ちょっと三枝さんと、貴方の様子をね。あれから、三枝さんはどうかしら。」

「今は自分のペースでイメチェン中。って、同じクラスなんだから少しは気付くだろ。」


 そう言われると、桐花は心底困り果てたようにため息を吐いた。


「私、そういう所はからっきし駄目なのよね。本当に疎くて。」

「……目ん玉後頭部に付いてるんじゃないか。」


 何も考えず咄嗟に出たその軽口へ、桐花は彼の脛を蹴ることで応じた。


「それで、栗栖くんの方はどう?あれ以来、体調はどうかしら。」

「たった今負傷しましたが如何か。」

「そう、元気そうで何よりだわ。」


 ……いやまぁ、今のは自業自得だろう。玲治は目尻に涙を滲ませながら立ち上がると、自身の肩を軽く揉んでみせる。


「まぁ、まだ気怠さは残ってる気がするけれど。調子はいいよ。……強いて言えば、ツムグの奴が頭ん中で煩いくらいだな。」


 玲治は人差し指で、トントンとこめかみを叩く仕草をしてみせた。


 とある事情から栗栖玲治の中に目覚めた「ツムグ」という名の少女。コイツが終始、とにかく煩い。授業中は「退屈だ」と喚き散らし、食堂に行けば「おいコレなんだ!?」と捲くし立て、親友の三鷹と駄弁っていれば「おいコイツいいやつだぞ!?」と脳内で膝を叩く。黙っている時間の方が少ないと感じるほどには、俺の相棒は喧しかった。終いには耐えかねて「少しは静かにしてくれませんかねぇ!?」とキレると、


“仕方ねーだろ赤ちゃんなんだから。”


 と開き直られる始末。さいですか、じゃあもう何も言わんよ。

 それを聞いた桐花は、可笑しそうに「ふふっ」と微笑む。


「それはあれね。まだ目覚めたばかりで、色々物珍しいのよ。私の時も、似たような感じだったわ。」

「さいですか……。まぁ、俺の方はそんな感じかな。それを聞くために待ってたのか?」

「そんな訳ないでしょう、今のはただの世間話。本命は『これ』よ。」


 言うと、桐花は黒い鞄から名刺入れを取り出し、一枚をこちらに差し出した。受け取り見ると、それは黒の筆記体のみが記された、とてもシンプルなものだった。名刺の中央には『フロイト機関「心象干渉部門」所属 華炸桐花』と記載されている。

 玲治は名刺から顔を上げ、困惑した表情を浮かべた。


「フロイト機関……?」

「私が所属する組織よ。一昨日、病院で「改めて紹介する」って約束したでしょう。今日、その都合がついたからここで待っていたのよ。」


 と、二人の前に一台の軽自動車が停車して、ドアが自動で開かれる。桐花は「行くわよ。」と言いながら、車内に乗り込もうとする。……思考が一瞬止まり、遅れて困惑がやってくる。


「え、いやいやちょっと待て。今からか?俺の都合とかは?」

「あら、何か予定でも控えていたかしら。それならごめんなさい。」

「いやないけど……ないですけれどもッ!!」


「なら大丈夫ね。」と、桐花は車内から手招きする。玲治は色々言ってやりたい衝動に駆られるも、しかし何も思い浮かばない。悶絶し、声にならない悲鳴を上げると、やけくそ気味に車に乗り込んだ。

 フカフカの背もたれに沈み込みながら、ムスッとした様子で玲治は告げる。


「……説明はしてくれるんだろうな。」

「勿論そのつもりよ。……そんなに怒らないで頂戴。私も、ついさっき連絡をもらったのよ。」





 二人を乗せた車は、静かに車道を走り抜けてゆく。霞む街並みを、桐花は車窓越しに眺めている。そのすらりとした横顔を見ながら、玲治はなんとなく「綺麗だな。」という感想を抱いた。決して見惚れたとかではなく、率直な感想である。

 校内での彼女の扱いは、それこそ「麗しの令嬢」「高嶺の花」である。人によっては、話しかけるのも烏滸がましいと崇拝する程だ。同じクラスに属していながら、まぁ会話する機会は来ないんだろうな、なんて思っていたが。よもや、こうして車内で二人になる仲になるとは。

 人生何があるか分からないよな……なんて思っていると、頭の中から“……玲治お前、たまにキショくなるよな。”との一言。そんな意図はねーよ馬鹿野郎。


 と、車窓から街並みを眺めていた桐花が口を開いた。


「とは言っても、どこから説明するべきかは悩ましいわね……。質疑応答形式でもいいかしら?」

「ん、あぁ……じゃあそもそも、この『フロイト機関』ってのはなんだ?」


 玲治は、手元のシンプルな名刺に視線を落としながら尋ねる。

 桐花は頷くと、


「さっきも言った通り、私が所属している組織の名前よ。私や貴方のような、『イド』に干渉できる逸材を集め、『イド』を用いた犯罪に対処する組織よ。」

「『イド』を用いた犯罪?」

「今の主だった案件で例えるなら“マーブル”の一件ね。その流通経路を辿り、大元を叩く事が主な目的よ。その『心象干渉部門』っていうのは、いわば実働部隊。“マーブル”によって『イド』が暴走した人のところへ赴いて、その暴走を食い止める専門部門よ。」


 と、桐花は告げる。成程。自己流に噛み砕いて解釈するなら、つまりは「心の警察」といったところだろうか。そう纏めると、桐花はコクリと頷いた。


「それで、なんで俺を紹介する話になったんだ?」

「逸材と言った通り、『イド』に干渉できる存在は希少なのよ。故に慢性的な人材難……という側面もあるのだけれど、実態としては保護ね。」

「保護っつうと、悪用されるって事か?」

「正解。相変わらず勘が鋭いわね、貴方。」


 「ご褒美に飴をあげるわ。」と、カバンからキャンディを取り出す桐花。いや子供への褒美じゃないんだからと笑いながら、それを受け取り、口に放り込む。


 桐花曰く、俺のような『イド』に潜れる存在――彼女らフロイト機関が『ダイバー』と呼ぶ存在は、そのまま野放しにしておくと犯罪に利用されるか、自身の能力を悪用して犯罪の発起人となるケースがあるのだという。故に発見次第、保護や誘致といった名目で『先んじて囲う』のだそうだ。

 

「特に、貴方の場合はね。」

「俺の場合?どういうことだ、それ。」

「貴方は『レアケース』なのよ。栗栖玲治くん。」

 

 突然フルネームを呼ばれ、思わず背筋を伸ばす玲治。見ると彼女の眼光は、鋭く据わっていた。何度か関わってみて痛感したことだが、彼女が時折見せる、内面まで覗き見るようなこの視線が、玲治はどうも苦手だ。見られているとどうも、つむじのあたりがムズムズするのだ。


「貴方、自分がツムグちゃんを目覚めさせた時のこと、覚えている?」

「あぁ。三枝の事をなんとかしなきゃって強く思ったら、急に頭の中に、ツムグの声が聞こえてきて……、」

「その後よ。三枝さんの『イド』に潜る際のこと。」

「その後?……あんまし覚えてないけど。確か、三枝の額に手を重ねて、気付いたらあの廊下に居たな。」

「それよ。それが『レアケース』で、前例がないのよ。」


 そう言われて、玲治は顔をしかめた。彼女が何が言いたいのか、玲治にはまるで見えてこなかった。

彼女は息を吐くと、カバンから銀色の拳銃を取り出した。それは確か『E.M.P』とかいう、使用者の精神を弾丸として放つ銃だったはずだ。……まさか、常に携帯しているのだろうか。だがしかし、三枝のような突発的なケースもあるのだろう。

 彼女は銀の拳銃を指の腹でなぞりながら、こう告げる。


「この銃は武器としてだけではなく、心象世界への転移装置としての役割もあるの。私たち『ダイバー』は、この銃を使用しない限り『イド』に潜ることはできない。……できない筈なのよ。」

「……それを俺は、掌に触れただけで潜れた。そんな前例がないから『レアケース』という事か。」

「そういう事よ。加えて、貴方みたいに『トワ』が自然発生することは稀なのよ。だから猶更、私たちとしては貴方を保護しておきたいの。」


 なるほど……と一瞬納得しかけて、いやしかし待てよ?と疑問を抱いた。

 『E.M.P』を使わずとも心象世界に潜れるのが前例がない、というのは分かった。しかし『トワ』が自然発生しないというのは、一体どういう了見なのだろう。仮にそれが稀だというのなら、では桐花や他の『ダイバー』は、どうやって彼らを目覚めさせたというのだろうか。

 疑問を投げかけると、桐花は「当然の疑問ね。」と、小さく頷いた。


「……これまでの記録や、私の場合を例に挙げるなら、外部からの干渉――例えば他の『ダイバー』が心象世界に潜った際に、なんらかの形で触発されて、というのが多いわね。大概は、そういった外的要因で『トワ』は目覚めるの。でもごく稀に、貴方のように自発的に目覚めるケースもあるらしいの。私も現役で目にするのは貴方が初めてだけれど……。」

「そう、なのか……。」


 玲治が頷くのと、車が停車したのはほぼ同時だった。

 両扉が自動で開く。「続きはまた後でね。」とだけ言い残し、桐花は車から降りた。玲治もそれに倣い、車から降りる。

 




 二人が降ろされたのは、高層ビルの前だった。ビルの隣を見ると、地下駐車場へと続くスロープが伸びている。街から少し離れているのか、周囲には他の高い建造物は見当たらなかった。周囲には木々や花々が植林されていて、なんだか落ち着いた雰囲気の場所だ。

 桐花が自動ドアを潜るのを見て、玲治も慌ててそれに倣う。……と、自動ドアの横、社名が刻まれている看板を、玲治はチラリと見た。

 「有限会社 高木建設」――見間違えるはずがない。確かにそう、刻まれていた。


「ちょ、ちょちょちょい待ち!?これ、名前、」


 玲治は先を征く桐花を呼び止めると、その看板を指さした。

 おそらくは過去に、何度も同じことを問われてきたのだろう。玲治の言いたいことを理解した桐花は、冷静に告げた。


「フロイト機関の存在は、一部の提携施設を除いて秘匿されているの。そこに書かれているものは仮の社名よ。……こっちよ、着いてきて。」


 そう言うと、彼女はエレベーターに乗り込んだ。扉が閉まる前に、玲治も乗り込む。





 地上五階層で、エレベーターが止まった。

 建物内の風景は、ごくごく普通のオフィスビルと遜色なかった。だが床や天井の配色の影響だろうか、オフィスビルほどの緊張感はなく、むしろ安心感さえ覚えた。どこからか、ラベンダーの香りが漂ってくる。

 玲治が案内されたのは、フロアの最奥――他の扉に比べて、やや重厚な造りの扉の前だった。桐花は扉を数度ノックすると、「華炸桐花、入ります。」と扉を開けた。


 そこは、廊下と比べて華美な内装の部屋だった。赤い絨毯が敷かれた床に、床全面に貼られたガラス窓。来客用と思われるローテーブルとソファ、そして奥には、大きなオフィスデスクと上等な椅子が置かれていた。

 “なんか、ドラマとかでよくある社長室みたいだな。”とはツムグの言葉。俺もそう思う。


「やぁ、華炸くん。お疲れ様。……学校終わりだというのに申し訳ないね。今日ぐらいしか、予定がつきそうになかったんだ。」


 部屋から直結している給湯室から現れたのは、一人の成人男性だった。年齢は六〇代前半といったところだろうか。細型で、紺のスーツを纏っている。短い前髪はセンターで分けられており、その下では細眼鏡が輝いている。柔和な目をした男性であった。

 「ちょっと待っててね。」とだけ告げると給湯室に戻り、暫くすると、盆にマグカップを三つ乗せて戻ってきた。部屋の内装とは不釣り合いに、どれも百均に売っていそうな、可愛らしいマグカップだった。彼はそれをローテーブルに並べると、「二人とも、どうぞ。」と着席を手で促した。


「失礼します。」

「ど、どうも……。」


 桐花と玲治は各々会釈すると、ソファに腰を下ろす。ボフンと腰が沈み込み、玲治は一瞬バランスを崩し掛けた。

 男性も対面のソファに腰を下ろすと、マグカップを手に取りながら、その口をゆっくりと開いた。


「お茶請けがなくて済まないね、いま丁度切らしているんだ。……栗栖玲治くん、だったかな。まずは初めまして。私はここの所長をしている、高木優作(たかぎゆうさく)という者だ。」


 男性――高木優作はそう言うと、こちらに右手を差し出してきた。


「――ようこそ『フロイト機関』へ。私たちは、君を歓迎するよ。」


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― 新着の感想 ―
こちらからも読ませていただきました! 社会のダークサイド側の要素を盛り込みつつ、ライトノベル的な異能バトルに落とし込んでいる辺りに作者様の書きたいものを軸としている作風が読み取れて良いと思います。 …
めちゃくちゃ面白くて最新話まで一気読みしちゃいました! いよいよ組織も出てきて面白さがさらにブーストかかってきた……ところで!続きが気になる! ブクマ☆も入れさせて頂きましたが、☆が足りない! これ…
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