12. 王城での話し合い①
視点切り替えが分かりにくいとのご指摘をいただきましたので、視点が切り替わるところは▼▼▼▼▼で区切ります。
あれから、ロバート様が私の部屋を訪ねて登城要請について説明してくださった。
第一王子殿下としては、もう一度離縁について話し合いたいというだけで、私に責任を問うことは一切考えていないと。
それから、登城の際に前公爵夫妻と私の両親の参加も認めてくださったそうだ。
とりあえず、懸念していたお咎めはなさそうで胸を撫で下ろす。
しかしそれならば尚の事、なぜもう一度話し合う必要があるのかしら?
しかも第一王子殿下の御前で……。
◇◇◇
王城へ向かう馬車の中で、私はグレイス様に手を握ってもらっている。
いくら咎められないとはいえ、王城に上がるのは酷く緊張するものだ。
行きは公爵家の馬車に乗っている。
しかし、帰りは伯爵家の馬車で帰る予定だ。
つまり、今日を最後に私は王都を去る。
登城に対する緊張、王都を去り新しい生活を始める不安、色んな感情が綯い交ぜになり、手先がやけに冷たい。
「こんなに手を冷たくして……。エレクシア大丈夫よ、絶対に悪いようにはならないわ」
グレイス様はそう言って何度も私の手を擦ってくださる。
「はい。ありがとうございます、グレイス様。本当にこんな私に良くしてくださって……」
そう言ってグレイス様の顔を見ると、美しい深緑の瞳がゆらりと揺れている。
ロバート様は対面に座り、何も言わずに車窓を眺めている。
そうしてる間に、馬車は王城に到着した。
◇
王城に上がると、私たちは会議室へと案内される。
会議室に入ると、既に到着していた両親の他にも知った顔がいた。
「カトレナ!……サヴィアス侯爵様も」
「エレクシア!あなたまた痩せたのではない?本当にリチャードのやつ……。今日は私が代わりに文句を言ってあげるからね!」
「カトレナ落ち着いて。久しぶりだね、エレクシア嬢。……いや今は、サウザンヒル公爵夫人か」
「ふふ。お久しぶりです。じきに令嬢に戻りますので、どうかエレクシアとお呼びくださいませ」
サヴィアス侯爵夫妻に挨拶をした後、両親の元へ向かう。
「お父様、お母様。このような不名誉な事でお呼び立てして申し訳ありません」
「なに、お前は何も悪くないのだから堂々としてれば良い」
「そうよ。旦那様も私も、あなたの味方なのだからね」
父も母も、一見冷静に見えるが心中は穏やかでないだろう。
不出来な娘がこのようにご迷惑をお掛けして、心苦しくて堪らないわ。
第一王子殿下がいらっしゃる前に、私たちは下座に着席する。
しばらく待つと会議室の扉が開き、第一王子殿下が入られる。
「やあ、お待たせしてすまない。こちら側の出席者も入ってもらって大丈夫かな?」
こちら側の出席者?
何だか裁判みたいだわ……。
一抹の不安を覚えながら、成り行きを見守る。
第一王子殿下に続いて会議室に入って来たのは、第一王子妃のカシオペア様だった。
そしてその次に入って来たのは……約3週間ぶりにお会いするリチャード様。
リチャード様はずっと俯かれていてお顔が見えないが、少しやつれたように感じられる。
最後に入室されたのは、何と大司教様だった。
どうして大司教様が?とは思うが、何か御用があるからいらしたのには違いないので、口には出さないでおく。
「さて、関係者は揃ったね。今日はこのように呼び立てしてすまない。特にエレクシア夫人は登城要請に気を揉んだと聞いている。配慮が足りなくてすまなかったね」
「は………。いいえ、私などに配慮いただくなどとんでもないことでございます」
王子殿下に突然謝られて困惑する。
どうして私などに配慮する必要があるのかが全く分からない。
「ゴホン。それで……今日話し合いたいのは、リチャードとエレクシア夫人の離縁についてなんだが。その……。んんっ。単刀直入に言おう」
一瞬会議室が静まり返り、誰かがゴクリ、と喉を鳴らす音がする。
「その離縁の話………無かったことにしてもらえないだろうか?」
リチャード様に離縁を告げられたあの日以来、私は久々に瞠目した。
▼▼▼▼▼
「私の身勝手で彼女を傷つけてっ……。今更離縁したくないなどと、言えるわけがっ……」
「はぁ…それ、もう何度目?いい加減、腹括れよ!」
ルーカス殿下は呆れたようにそう仰るが、私は彼女を不当に傷付けたのだ。
いや……それは言い訳だ。
復縁を迫って、それを断られるのが怖いのだ。
腹を括らねば。
それは分かっている。
分かっているが、ひたすらに出てくるのは涙ばかり。
こんな臆病な私を尊敬していると、大切だとエレクシアは言ってくれていたのに……。
私は本当に大馬鹿者だ。
「これから話し合いなのにそんなに泣き腫らして……。奥方がお前の顔を見たらどう思うかな?」
こんな情けない私を見て、エレクシアはどう思うかな。
みっともないと、蔑むだろうか。
可哀想だと、心配してくれるだろうか。
エレクシアに軽蔑の目で見られようものなら、一生立ち直れない自信がある。
「ほら、そろそろ行かねば皆を待たせることになる!ただでさえ悪い心象がもっと悪くなるぞ!」
ルーカス殿下に首根っこを掴まれて引っ張り上げられる。
そのまま引き摺られるようにして、会議室へ向かった。
▼▼▼▼▼
あまりのことに、すぐに言葉が出てこない。
離縁を……無しにする?
なぜ?
「あなたそれでは……意味が分からなくて皆さん困惑していらっしゃるわよ。きちんとご説明しなければ」
沈黙が続く中、口を開いたのはカシオペア様だった。
「うむ、そうだな。……本来ならばリチャードがきちんと説明すべきなのだが……今は事情があって難しいようだ。後ほど語らせるから、とりあえずは私の方から説明しよう」
王子殿下はチラッと横目で項垂れるリチャード様の様子を確認し、説明を続ける。
「このリチャードの様子を見てもらったら分かるように……。リチャードは夫人に離縁を申し出たことを大変後悔しているのだ。最近ではそのせいで仕事も手につかず、家に帰ることもままならないほどだ」
リチャード様が離縁の申し出を後悔している?
『前世の恋人』がいらっしゃるのに?
「……リチャード様が仕事に身が入らないのは恋煩いのせいだと思っておりましたが、違うのですか?」
私がポツリと発言すると、王子殿下は困ったように眉尻を下げる。
「……そうですわよ。サウザンヒル公爵閣下には新しいお相手がいらっしゃるのでしょう?『前世の恋人』が!」
カトレナが嫌味たっぷりに追撃する。
「それなんだがなぁ……」
王子殿下はチラチラとリチャード様を見ながら、言いにくそうに頬をポリポリと掻いている。
「『前世の恋人』を今世では愛せなかったのですよ」
カシオペア様が扇で口元を隠しながら助け舟を出す。
「なっ…!『前世』がどうとか言って勝手に離縁を突きつけておいて、相手が好みじゃなかったから戻ってくるなんて、あまりに身勝手ではありませんか!?」
「いや、本当にカトレナの言う通りだよね!……いてっ」
カシオペア様が殿下の脇腹を扇で小突いて、殿下が悶絶している。
「あー……いや、何というか。その『前世の約束』自体が実は最初からなかったというか」
そう言って王子殿下はリチャード様の『前世』について詳細を説明し始めた。
◇
「つまり、『前世の恋人』は実は恋人ではなく、護衛として守り切ったので『前世の約束』も無効。しかも『前世の恋人』も『今世の恋人』も実はとんでもない色狂いだった……と?」
「そういうことになるね」
会議室に集まった人たちは皆呆気に取られて言葉を失っている。
その中でリチャード様だけは微動だにせず、ずっと下を向いたままだ。
『運命の相手』だと思った人が実は運命ではなかった?
それを知った時、リチャード様はどう思っただろう?
予想外の展開で現実味がないからか、私はそんなことをずっと考えていた。
「……色狂いの女など。お前が一番嫌悪するタイプの女じゃないか。離縁を申し出る前に、なぜ女の素性を調べなかったのだ?」
ロバート様がリチャード様に問いかけると、リチャード様の肩がビクッと揺れる。
「今更何を言っても言い訳にはなりますが……」
リチャード様がようやく口を開く。
その声は酷く掠れている。
「『前世の記憶』が蘇った瞬間……。体に電撃が走ったように衝撃を受け、まるで自分が前世の人物に戻ったように感じたのです。そして必ず『前世の約束』を守らねばならないと……。それしか考えられなくなってしまいました」
今にも泣き出しそうだと、そう思った。
多少そそっかしいところや思い込みが激しいところがあるリチャード様だけど、いつでも堂々として頼りがいのある方だった。
こんなに弱々しいお姿は初めて見たわ。
「あなたは次期公爵としてきちんと教育を受けていた方です。高位貴族であればあるほど、感情の起伏をできるだけ抑えていつでも冷静に行動することが求められる。そんなあなたが一時の感情に囚われて後先も考えずに突飛な行動をしてしまうなど、私には考えられないのですが」
ここまで黙って話を聞いていたサヴィアス侯爵様が尤もな正論を投げかける。
「……そちらについては私がご説明しましょうか」
穏やかな口調で大司教様が話し始める。
「……実は、『前世の記憶』を思い出すというのは、例は多くはないが稀にあることなのです。そしてその経験者が口を揃えて言うには、記憶を思い出した直後、数日間は『前世の記憶』に強く囚われてしまうそうです」
なんと……前世の記憶を思い出すという前例が存在するのね。
「例えば前世で激しい飢餓の中で亡くなった者は、記憶を思い出してしばらくは食べ物を食べ続けたとか。前世で騎士だった令嬢が突然狂ったように剣を振るい始めただとか。そんな風に、『前世の記憶』が行動を支配してしまうようなのです」
私は非常に興味深く大司教様のお話を聞いていたが、私以外の出席者は皆一様に複雑な表情をしている。
大司教様に言われてもなお、信じがたいのであろう。
「恐れながら……発言してもよろしいですか」
私が声を発すると、リチャード様は顔を上げる。
そのお顔は目の上が真っ赤に腫れていて、長い間泣いていたように見える。
「離縁を申し出られてから大体1週間後に、私たちは離縁の誓約書を交わしました。しっかりリチャード様のサインも入っております。先ほどの大司教様のお話ですと、『前世の記憶』が行動を支配するのは数日とのことですよね?
………それならば、1週間後にはもう元のリチャード様に戻られていたのでは?誓約書は正気のリチャード様がサインをなさったということですよね」
「誓約書……?」
第一王子殿下が驚いた顔でリチャード様を見遣る。
リチャード様はバツが悪そうに俯いた。
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「義姉と間違えて求婚されました」
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