11. 登城要請
視点切り替えが分かりにくいとのご指摘をいただきましたので、視点が切り替わるところは▼▼▼▼▼で区切ります。
「登城要請ですか?」
私はカールから王室の封蝋が付いた手紙を預かり、中身を読んで溜息をついた。
「……ええ。公爵様との離縁について、第一王子殿下も交えて話がしたいと。どうしてそんな大事に……」
私が肩を抱えて俯くと、カールが心配して肩からショールを掛けてくれる。
「やはり王族の親戚筋にもなる公爵家の離縁を、あんな簡単な誓約書で済ませるべきではなかったのよね……。公爵様を相手にあちらが完全に有責などと……あり得ない話だったのだわ」
カールを見上げると、困ったような顔で眉尻を下げている。
「……私だけのお咎めで済めば良いのだけど。実家の伯爵家に迷惑をかけることになれば私は……。一体どうすれば良いのかしら……」
どうしてこんなことになったのかしら。
私は一体何を間違えたのかしら。
いくら政略結婚とはいえ、私なんかが公爵夫人などと偉そうに振る舞ったバチが当たったのだわ。
「……エレクシア様。体調不良で登城は難しいとお返事なさってはいかがでしょうか?」
「……無理よ。王子殿下からのお呼び出しを、そんな軽い理由でお断りできないわ。例え本当に体調が悪くとも、地を這ってでも行かなければならないの」
「それでは、ロバート様に助けを求めては?王子殿下に酌量を求めていただけるかもしれません。王子殿下も、前公爵の陳情は無視できないでしょう」
先日お会いした際のロバート様の憔悴した様子を思い出す。
ただでさえ私が不出来なばかりに心労をおかけしてしまったのに、その上さらにお願いなどと、そんな図々しいことは私にはできない。
「できないわ……。これ以上、前公爵夫妻にはご迷惑をお掛けできないもの……」
どうしようもない。
もう八方塞がりだ。
王子殿下の御前で、床に額を擦り付けて私だけへのお咎めをお願いするしかない。
最悪、無礼だと斬り捨てられてもしょうがない。
はぁ……怖い。
ここにきて、私は離縁が決まってから一番の恐怖を感じている。
どうしようもなく体が震える。
「カール……ごめんなさい。しばらく一人にしてくれる?アメリにも、今日は部屋に来なくて良いと伝えて」
カールはしばらく逡巡した後、一礼して部屋を去った。
▼▼▼▼▼
「エレクシアに登城要請だと?」
カールはエレクシアの部屋を出た後、迷うことなく前公爵の部屋に向かう。
それはもちろん、エレクシアのための嘆願を前公爵に願い出るためだ。
「はい。離縁の件で第一王子殿下を交えて話をしたいと。エレクシア様は、ご自分に何らかのお咎めがあるのではないかと、大層気に病まれておられます」
「第一王子だと……?あの若造が、何ゆえに当家の話に首を突っ込む?」
ロバートはいつも厳しい目つきを更に細めて憤る。
「真意は分かりかねますが……。エレクシア様が懸念されているのは、王家に連なる公爵家の離縁に関して、公爵家が全面的に有責ということに問題があるのではと。
エレクシア様に何らかの咎を与え、エレクシア様の生家である伯爵家にも連座で責任を取らせるのではと、ご心配されています」
「まさかそんなことが……。馬鹿らしい。第一、エレクシアは何も咎められるようなことをしておらんじゃないか!」
ロバートは怒りを堪えられず、遂に握り締めた拳をテーブルに叩きつける。
テーブルの上に置かれた紅茶のカップがひっくり返り、水溜りを作る。
「ロバート様に助けを求められてはとお声がけをしたのですが、これ以上はご迷惑を掛けられないと。
ですから不躾ながら、これは私めからのお願いでございます。エレクシア様をお助けください。私はこれ以上、あの方が傷付き疲れゆく様を見ていられないのです……」
カールは拳を握りしめ、俯き声を振るわせる。
ロバートはそのカールの様子を見て、少し冷静さを取り戻す。
「……カール。お前は、リチャードの乳母の息子だったな?お前の目から見て、あれの様子はどうだ?」
「……正直申しまして、もはや顔も拝見したくないほどなのですが。あの方は、本当に馬鹿でございます。エレクシア様を手放すことを心の底では嫌がっているのに、それを前世の記憶とやらを盾にして見ないふりをしている。
離縁を切り出してから仕事が手に付かないのが良い証拠です。エレクシア様はそれを恋煩いのせいだと勘違いされておられますが」
「はぁ……。あれは……リチャードは幼い頃より女嫌いであったな?いい歳をして婚約も全て拒否して、一人息子なのに孫も見れぬやもしれぬと腹を括っておったが、いつの間にかエレクシアを見初めて我が家に連れて来た。
我が息子ながら、良い嫁を連れて来たと誇らしく思ったものだがな」
ロバートは遠い目をして窓の外を見遣る。
「……第一王子に謁見申請を出してくれ。王城へ行ってくる」
しばらく窓の外を眺めた後、ロバートはソファから立ち上がると、カールと共に部屋を後にした。
▼▼▼▼▼
「前公爵から謁見申請!?何ゆえだ!?」
侍従からの知らせに、私は驚きのあまりひっくり返る。
前公爵とはリチャードの父、ロバート卿のことだ。
あの堅物リチャードを更に堅物にし、そこに厳しさや冷酷さを加えたような御人だ。
そのような人物からの謁見要請になぜ驚いたのかというと、私はロバート卿が苦手なのだ。
ロバート卿のような超人から見ると、私のように完全無欠でなく要領の悪い若造は目に余るらしく、幼い頃からよく苦言を呈されてきた。
もしかしたらリチャードと仲良くすることすら良く思われていなかったかもしれない。
「そこまでは……。それに、もう王城に到着されていると」
「何と……お通しするしかないではないか」
私は頭を抱えた。
いやしかし、ここは腹を据えて話を聞かねばなるまいよ。
「分かった。すぐに応接室へお通ししろ。私もすぐ行くと伝えてくれ」
気合いを入れて立ち上がると、応接室へ向かった。
◇
「お待たせしてすまない。して、どのような用向きだ?」
私は今、王城の応接室でロバート卿と向き合っている。
ロバート卿は相変わらず厳しい顔つきで、睨むようにこちらを凝視している。
「どのような用向き、とは。こちらの台詞です、殿下」
第一声から憤りが感じられる低い声で、思わず顔が引き攣る。
えー………?
私、何か悪いことした?
「それは……どういう意味かな?」
背中に汗がたらりと流れる。
「エレクシア宛に登城要請をお出しになったのでしょう。どういう意図かお聞きしても?」
それを聞いて脳天を貫かれたような衝撃が走る。
ロバート卿は、エレクシア夫人のためだけに単身王城へ乗り込んできたのだ。
そういえば昨日、リチャードの顔はボコボコになっていた。
あれはロバート卿に殴られたに違いない。
こめかみから汗が噴き出る。
「いや、あれは……リチャードの離縁の件で奥方と少し話をしたいと……」
「ですから。どうしてあなたが、我が家の話に首を突っ込むのです?」
善意です!
完全な善意です!
残念ながら、全然伝わってないけど!
「首を突っ込む……?何か、語弊があるのでは?私はリチャードと奥方の仲を取り持とうとしたのだが……」
「リチャードとエレクシアの仲を取り持つ!?一体どういうことですか?」
ただでさえ鋭い目つきのロバート卿の目がクワッと見開かれ、蛇に睨まれた蛙になった気分だ。
「……リチャードは今、奥方に離縁を申し出たことを心の底から後悔している。奥方に許してもらえるかは分からないが、私もリチャードの友人として、出来る限り復縁に協力したいと思ったのだ」
ロバート卿は驚いたように目を丸くして口をあんぐり開けている。
沈着冷静なロバート卿のこのような顔は初めて見たな。
しかし、その顔はすぐに怒りに歪む。
「何と……紛らわしいことを!」
ロバート卿が怒りで震えている。
えっ?何で?どうして?
「あなたがいきなり登城要請など送りつけたりするものだから、エレクシアは自分に咎めがあると思って大層気に病んでいるのですぞ!執事の話によると、可哀想にエレクシアは部屋で一人きりでガタガタ震えているのだとか。
あなたとリチャードの間にどんな話があったのかは知らぬが、それはこちらには一切聞かされていないのですから、きちんと説明してもらわねば困ります!」
再び脳天を貫く衝撃が走る。
「い、いや!どこからどう見てもリチャードの有責であろう!奥方に咎など……。私はそんなに横暴な人間だと思われているのか?」
「あなたが横暴な人間かどうかは問題ではないのですよ、殿下。臣下にとって、主君の言葉は絶対なのですから。
エレクシアは、リチャードの心を繋ぎ止められなかった自分にも責任があると。だから、咎めを受けてもしょうがないと。あれはそういう娘なのです」
まさか……奥方が責任を感じているなどとは露程も思わなかった。
私が安易に登城要請を出したせいで、奥方を怖がらせてしまった。
こういう人の機微に疎いところをいつもカシーに叱られるんだよなぁ。
「それは……思慮が足りず申し訳ない。奥方を咎める意図は全く無いのだ。ただ、あれから色々調査して分かったこともあるし、リチャード本人も後悔のあまりに憔悴し切っているから、一度話し合いの場を設けたいだけだ。
奥方が気に病んでいるなら、ロバート卿の方からその必要はないと伝えてもらえないか?」
「分かりました……。ただし、エレクシアを登城させるのには条件をつけさせてもらいます」
「条件?何だ?」
「登城の際、私と妻、それからエレクシアのご両親も同席させてください」
うーん。
私としては事を大きくする前に収めたかったのだが。
既に周りを巻き込んだ騒動になってしまっているのだな。
「その条件を呑もう。それから、登城の日程もそちらの希望に出来るだけ合わせる」
「かしこまりました。その旨、エレクシアに伝えます」
◇
ロバート卿が去った後、私は全身の力が抜けソファの上で脱力した。
「はぁぁぁ、緊張したぁ。……しかし、エレクシア夫人は皆に愛されているのだな……」
リチャードは本当に馬鹿だ。
馬鹿で不器用で真っ直ぐで……放っておけない男だ。
感想をたくさん頂き、返信が追いついておりませんが、全て目を通しております!
本当に、本当にありがとうございます(*´ω`*)
皆様が望まぬ方向に話が進んでいる気がしますが……笑
リチャードの行動にも理由があったりしますので、もう少しだけお付き合いいただけると幸いです!
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「義姉と間違えて求婚されました」
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