幸子来訪
バレンタインぶりです
落ち着いてきたので閑話ではなく本編再開です
ピンポーン
来客を知らせる玄関チャイムの音に凪沙はだらっと体を預けていたソファーから立ち上がる。
「はーい、どちら様ですか?」
全体的に古びた木舟荘にはインターホンがついているはずもなく、玄関を開けて見た相手の顔に首をかしげる。
尋ねてきた相手は大体六十代前後の女性だ。少し白髪の目立ち始めた頭髪に皺の刻まれた肌。やんわりと緩められた目元は優しげな雰囲気を感じさせる。
凪沙は将太のご近所付き合いもあって中年や高齢の方の知り合いも多い。木舟荘周辺の家庭の顔も大抵は覚えている。
だから訪ねてきた見覚えのない女性に宗教の勧誘等の可能性を懸念し凪沙は少し警戒心を高めた。
そんな凪沙の内心を知ってか知らずか女性は緊張をほぐすように柔らかい笑みを浮かべて会釈する。
「初めまして。鈴木幸子と申します。将太は元気にしているかしら?」
将太の知り合いだということが判明したことで警戒心を緩め凪沙は幸子を居間に通す。
ソファーに座らせ冷蔵庫から冷えた麦茶を取り出しグラスに注ぐ。
「どうぞ」
「あらあら、お構いなく」
「それで、鈴木さんは高橋さんのお知合いですか?」
将太の名前が出たことから知り合いなのだろうが、苗字が違うことに親子ではないだろう。ならそんな幸子がどうしてここにやってきたのか疑問を浮かべる。
「そうねぇ。私はあの子の保護者なの」
「保護者……?」
そういわれても将太と幸子の苗字の違いに少し戸惑ってしまう。
ただ少しして複雑な事情があるのだろうと納得した。
「お嬢さんのお名前を伺ってもいいかしら?」
「あっ、すみません。朝倉凪沙と申します。高橋さんと同学年で同じ木舟荘の寮生です」
「朝倉凪沙さん、凪沙ちゃんと呼んでもいい?」
「はい」
「私の事も幸子でいいわ」
「わ、わかりました、幸子さん」
うふふ、と微笑む幸子。見識のない四十以上年の離れた相手と二人きりという状況に僅かに居心地の悪さを感じた。
「それにしても驚いたわ。こんなかわいい子が木舟荘の寮生だなんて。ここ、男女が明確に分かれてないでしょう? あの子、少し鈍いところがあるから何か困ったりしてない?」
「えっ、いえ! 高橋さんにはいつもよくしてもらっています! というかよくしすぎてもらっていて……高橋さんがいなければまともに生活できなかったです」
凪沙が初めて木舟荘に来たときにはすでに将太の手によって綺麗にされていたが、その時の外観から察するに中は相当酷かったのだろう。もし将太がおらず、その状態のまま寮生活が始まっていたとしたら凪沙の健康に多大な悪影響が及ぼされていたのは間違いない。
それに加え料理もまともにできず一人では朝もろくに起きれない。
改めて将太がいてくれたことに凪沙は深く感謝の気持ちを抱く。
「ふふ、そう聞いて安心したわ。あの子、施設でも小さいころから家事を頑張ってくれてたのよ? おかげで私たちもとても助かったわ」
「……施設?」
将太がちゃんとやっていけていることを知れて嬉しそうな幸子。そんな幸子がぽろっとこぼした言葉を凪沙の耳は拾った。
「あら……、もしかして将太から聞いてない?」
「その、施設の事……ですか?」
「そう……」
幸子は少し表情に影を落とす。
「あぁ、そういえばあの子。今はいないみたいね?」
「あ、た、高橋さんは今学校に行ってて。あと三十分もしないうちに帰ってくると思いますよ!」
幸子のあからさまな話題転換。あまり触れるべきではないことなのだと察し凪沙も合わせて少し声のトーンを上げた。
「そうだ! よければプリン食べませんか? 高橋さんが作ってくれたんです!」
「あら、いいの?」
「はいっ」
卵が余っていたからと将太がプリンを作っていたのを思い出して凪沙は立ち上がる。
話題を変えるにはちょうどいいと冷蔵庫から耐熱容器に入ったプリンを取り出した。
二人でプリンを食べながら将太が帰ってくるまでの間、世間話に興じる。
話題の主な内容は二人の共通点である将太のことが主になるのは仕方ないだろう。
「高橋さんとホラー映画を見たんですけど、とても怖がらせてしまったみたいで……」
「そうなの? あの子よく子供たちとホラー映画を見てたけど、怖がってる様子はなかったわよ?」
「弟さんたちに囲まれていて安心してたからじゃないかって、高橋さんは言ってました」
二人で見たホラー映画の話。
「高橋さんって人との付き合いが上手ですよね」
「そうなの、知らないうちにご近所さんと仲良くなってるのよねぇ」
将太の謎のコミュ力の話。
「私陸上部で、長距離を走るので体力には自信があったんですけど、高橋さんには敵いませんでした……」
「昔っから元気なのよ。あの子がばててるところなんて見たことないくらいよ?」
将太の異常な体力の話など。
話題は尽きず気づけば三十分はあっという間に過ぎていた。
「ただいまー」
話題の節目に将太がちょうど帰ってきたため凪沙と幸子は目を合わせて立ち上がる。
「おかえりなさい、高橋さん」
「おかえり、将太。お邪魔してるわよ?」
将太の話しですっかり仲良くなった二人は並んで将太を迎える。
「……え?」
二人の、主に幸子の姿に将太は目を丸くし、そんな将太の様子に凪沙と幸子はくすりと笑みを浮かべ合った。




