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可能性のお話 バレンタイン

久しぶりの投稿でまた閑話です

もう少しで投稿再開できると思います

今しばらくお待ちください

 ガランガランッ、と大きな音が部屋に響き渡る。

 床に落ちたアルミ製のボウルけたたましい音をたてていた。

 と、同時に凪沙は床に四肢を付き項垂れる。


「私は、何を作っていたのでしょう……」


 台所の上に置かれた皿。それには何やら黒く歪に歪んだ物体がいくつか転がっていた。

 汚れに汚れた台所と合わさって正直ゴミにしか見えないその物体はチョコレートである。


「生チョコを、作っていたはずなのに……、誰でも作れる簡単レシピだと書いてあったのに……」


 見えやすいように立てかけられたスマホに映っているのはインターネットのレシピサイト。タイトルは『超簡単! 誰でも作れちゃうお手軽生チョコレート! 気になる彼を虜にしちゃおう♡』というチョコレートに負けないくらい甘ったるさの感じるものだった。


 材料はたった三つだけ。


・チョコレート(ホワイト、ビター等お好みで)

・生クリーム

・ココアパウダー


 レシピとしては生クリームを沸騰しない程度まで温めそこに細かく割ったチョコレートを入れて溶かす。溶かしたものをトレイなどの容器に流し込み冷蔵庫で充分に冷やす。冷えたものを小分けに切り分け成型、ココアパウダーを振りかけて完成だ。


 本当に簡単な、小学生でも難なくこなせてしまうであろうこのレシピで失敗してしまうとは。


 凪沙はかなりショックを受けていた。


「将太さんにサプライズでプレゼントしようと思ってたのに……」


 折角のバレンタイン。好きな人に自分が作ったお菓子で忘れられない思い出を作りたいという乙女心から始まったこの挑戦。

 再度自らが生み出してしまったダークマターに目をやる。


 駄目だ。これを上げるなどできるはずがない。恋人として以前に人としてこんなものを渡せない。しかしもう時間はない。というか今すぐこの惨状を片付け始めなければあと少しでバイトを終えた将太が家に帰ってきて見つかってしまう。


 本番は明日。

 しかし明日は凪沙も講義があってチョコを作り直す時間もない。


 仕方ない。今年も手作りは諦めようと例年通りの結果になろうとしていた。


「ただいまー」


 ただ今年は運がなかった。

 何時もよりも早い将太の帰宅。凪沙はボウルを片手に固まってしまった。


「なんか焦げ臭いけど……、って」


 玄関に通じる扉から顔をのぞかせた将太がその先にある光景に苦笑をこぼす。


「できた?」

「……できませんでした」

「そっか」


 将太の問いに凪沙は肩を落としながら答える。


「あ、あの将太さん……」

「ん、あるじゃん」

「あっ」


 台所をいっぱい汚してしまった。そのことを謝ろうとするが、その前に将太が皿の上に置かれたダークマターに手を伸ばしてしまった。

 慌てて制止しようとするが遅い。ダークマターはあっさり将太の口に放り込まれる。バリボリ、本来しっとりとした口当たりの生チョコからは考えられない咀嚼音が鳴る。


「しょ、将太さんっ!? 駄目ですそんなもの食べては! お腹壊しちゃいますっ。早く出して!」

「ん、んぐっ……。うん、かなり、あれだな。うん」


 凪沙が必死に止めるも将太は吐き出すことなく呑み込んでしまった。口の中に残ったえぐみに口端を引き攣らせながら言葉を濁す


「まずい」

「うぐっ」


 ことなくはっきりと感想を口にした。わかっていても凪沙は胸を押さえ崩れ落ちてしまう。


「材料から見て、生チョコレートだな。結構簡単な奴っぽいけど、何したんだ?」

「……わかりません。レシピ通り作っていたと思っていたのですが、気づけば暗黒物質が生成されてました」

「本当に謎だなぁ」


 この簡単レシピで失敗する凪沙の不器用さに笑いつつ将太はボウルを手に取る。


「材料はまだある?」

「あります、けど……」

「チョコレイト作ってくれるんだろ?」

「でもこのレシピで失敗する私ですよ?」

「大丈夫。俺も一緒に作るからさ。市販のものより凪沙が頑張って作った美味しいチョコが食べたいな」

「将太さん……」


 凪沙は淡く頬を染めながらフンスと気合を入れる。


「私、頑張ります! 将太さんに美味しいチョコをプレゼントするんですっ」

「よし、それじゃ一緒に頑張ろう」


 二人で台所に並ぶ。


「将太さん、まずは何をしましょう!」

「とりあえず片付けようか」

「あ、はい……」


 気合を入れるも台所には惨状がい広がったまま。

 まずはあちこちにチョコレートがこびりついた台所の掃除が最優先だ。


 その後、いくつかの失敗作を生み出し、それすら食べてしまう将太の胃袋に大きなダメージを与えつつついに生チョコは完成するのだ。


「私、やりました、やりましたよ将太さんっ」

「あ、あぁ。上手くできたなぁ」


 形は歪だ。それでも最初のダークマターからは想像できないほどにチョコレートだった。


「ど、どうぞ!」

「ん……、うん、よくできてる。美味しいよ」

「やった!」


 はしゃぐ凪沙がぴょんぴょん跳ね喜びをあらわにしていた。

 そんな凪沙の姿に将太は微笑ましそうに頬を緩める。悲鳴を上げるお腹をさすりつつ。


「今年はダメでしたが、来年こそ一人でチョコレート作って見せます! 楽しみにしててくださいね!」

「凪沙」

「はい!」

「ちょっと勘弁してほしいかな」

「え”」


 奇しくも今年のバレンタインは将太のお腹にトラウマを植え付けた忘れられない一日となるのだった。

投稿直前でパソコン死にかけるというトラブルで僅かに日を超えてしまった……。

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