何もない
由紀の言葉に残りの二人もハッとする。
「確かに。教科書類とかの勉強道具はあるけどその他の私物がほとんどないわね」
「見当たるものといえばこれだけですか」
凪沙が言いながら手に取ったのは立てかけて飾られていた一冊のすり切れた絵本だ。
決して高校生である将太が読むようなものではなく小さな子供が情操教育のために読むような、そんな絵本。
「あぁ、それ。弟がくれたんだ。俺がこっちに引っ越すときに寂しくないようにって」
いい子だろう。と可愛らしい弟のことを思い出して微笑む将太。凪沙は鼻がツンとして朱里は目頭が熱くなってしまう。
「……いい話」
由紀も突然のいい話にほっこりした様子だ。
どこか愛おし気に凪沙の持つ絵本を撫でている。
先ほどまでのぼーっとした様子とは打って変わって 優しい眼差しだ。
「でも高橋さんが持ってる私物ってそれだけなんですか?」
「いや、あると思うけど……」
何かあったかと頭を捻るが思い浮かぶのは学校で必要なものや衣服程度。あとはちょっとした掃除道具とか。
「…………あれ、ないな」
ごそごそ漁ってみるが出てくるのは生活必需品のようなものばかり。
「そういえば高橋さんって趣味ないんですか?」
「……趣味。そう改めて言われると思い浮かばないな」
「普段のなにも用事がない時は何しているのよ」
「……散歩とか日向ぼっことかかな」
「おじいちゃん」
あまりに枯れている内容に思わず由紀の口から呆れた言葉が零れ落ちる。
「スマホ買いましたし、ネットとか見ないんですか?」
「たまに見るぞ。便利だよな。あれがあればすぐにレシピ調べられるし」
「スマホの使い方が完全に主婦ね……」
自慢げに調べた料理サイトを見せびらかす将太。三人の少女は大抵の人間なら簡単に行える行為をどや顔で披露する将太に思わず生暖かい視線を注いでしまう。
将太はそんな三人の視線に首を傾げた。
「なんだかこんなのを疑ってたのが馬鹿らしくなってきたわ……」
凪沙の身を心配してきてみたらこれだ。
朱里は思わず額を押さえてしまう。
「何この写真」
「あ、これ携帯買った時の自撮りですね。消さないんですか?」
「消し方がわからないんだよ」
「このゴミ箱押せば消える」
三人は呆れる朱里を余所に将太の微妙な自撮りで何やら盛り上がってるし。
独り円の外で溜息を吐いた朱里は帰宅の準備を始めた。
「ん、帰るの?」
「もう疲れたから帰って休むわ。お腹も減ったし」
「何なら昼ご飯食べていくか? ちょうど今から用意するつもりだったし」
「そうですね! 折角だから二人ともお昼ご飯一緒に食べましょう?」
朱里と由紀は顔を見合わせてこくりと頷いた。
「ご相反にあずかるわ」
「高橋のご飯楽しみ」
四人は将太の部屋から居間に移動した。
朱里と凪沙はソファーに。料理をする将太とその様子を眺めようと由紀も台所へと向かった。
「何作るの?」
「唐揚げ。市販の唐揚げ粉で作るからすぐできるぞ。筑前煮も出すか」
「それも高橋が作ったの?」
「これはお隣の美代さんっておばあさんがおすそ分けしてくれたんだ。すごい上手いんだよ。味見してみ」
「ん……、美味しい……」
由紀は母親の手伝い程度には料理ができるため、将太の料理の腕に興味があるのだろう。
料理できる組は台所で静かながらに盛り上がり、ソファー組はその様子を外からうかがっていた。
「ご近所付き合いも完璧なんて、彼本当に主婦ね……」
「知らないうちにご近所さんとのネットワークが広がっていくんですよ。何度かお散歩一緒させてもらったのですがすれ違う人の殆どと知り合いみたいなんですよ」
指折り数えれば片手では足りないほど。
「美代さんに十五朗さん、茂さん、和子さん、良子さん。ここから四つ隣のお家の人とも仲がいいみたいなんですよね。いつの間にそんな繋がりを築いていたのでしょう」
「美味しいおすそ分けを頂けるのでありがたいのですが」と苦笑する凪沙。
そうこうしているうちに食欲をそそる香ばしい匂いが漂って来た。




