第十八話
事件解決から数日後。
萌は、雅也や潤、春希、星華と共にファミレスに来ていた。
両親の死の真相を打ち明け、心配してくれていた彼らに結末を告げるためだ。
そこで、事態のすべてを話した。
話し終えてしばらくは誰も言葉を発することができなかった。
それだけ衝撃的な内容だった。
「まさか……。全然気づかなかった。普通にいい人だと思ってた……」
星華がつぶやく。
この場にいる誰もがその言葉に同感だ。
「まさか――――マスターが犯人だったなんてね」
マスターの名前は野本聡。
そう、マスターが萌の両親を殺した犯人だったのだ。
誰もそんなこと考えなかった。
犯人と対峙した萌でさえ、中学の時に出会ったのが初対面だと思っていた。
あの殺戮の夜を思い出しもしなかった。
何度も母にナイフを振り下ろしたその人を、ずっと慕っていた……。
殺害の動機も、なぜ萌だけ生かしたのかも、そしてその後なぜ萌と接触したのかも分からない。
警察は知っていると思うが、教えてもらえないのだ。
萌が知っているのは、マスターが犯人だということ、ただそれだけ。
それでも。
ようやく事件は解決したのだ。
複雑な感情はあるが、あの日の記憶、あの日の罪悪感からようやく解放されたと思うと心底ほっとする。
パンドラの箱はもうどこにもない。
忘れた記憶は蘇り、ただ事実として萌の中に横たわる。
萌が記憶を取り戻せたことも、あの日の出来事を受け止められたのも、今こうしてこの場にいることも、全部みんなのおかげだ。
潤、春希、星華、そして雅也。
ここにいない大泉や雄星たちにも支えてもらった。
そのおかげで今の萌がある。
沢山の人に支えられて萌は幸せになれた。
だから萌は感謝する。
「みんな、ありがとう」
*~*~*~*~*~*~*~*~*~*
「萌、大丈夫か?」
潤たちと別れ、雅也と二人きりになった萌は雅也に抱き着いて泣いてしまう。
どうしても我慢できなかった。
雅也の顔を見ると、萌は無条件に甘えてしまう。
「ごめっ……なさ……」
しゃくりあげる萌の背中を優しくポンポンする雅也。
「わっ、わたし、ぜんぜ……、思わなくてっ……。両親の敵に……懐いてっ、信頼してっ頭なでてもらって……」
「俺もマスターのことは信頼してたから、驚いた」
萌を抱きしめたまま雅也は話す。
「萌は偉いよ。一生忘れたままの方が幸せな記憶を思い出して、きちんとそれに向き合って」
萌と出会ってから今までの記憶を振り返る雅也。
「俺は、最初はただ萌の書く物語が好きなだけだった。でも担当に付いて、萌の過去を知って助けてあげたいって思った。
萌と過ごす中で、萌が誰よりも努力している姿を見て好きになった。同情で助けてあげたいって思ってたのが、好きな子を幸せにしたいって思うようになった。
誰よりも努力家で人一倍自分に厳しくて、でも誰よりも優しい萌が好きだよ。でも、俺の前では頑張んなくていい。いっぱい甘えて、わがまま言って、いっぱい泣いていいから」
雅也の言葉を皮切りに堰を切ったように泣く萌。
鳴き声も、嗚咽も我慢しない。
ただただ叫ぶように泣いた。
悲しくて辛くて悔しくて。
そんな気持ちを泣き声に乗せて吐き出す。
甘えられる人に出会えてよかった。
雅也がいるから、萌は立ち上がれる。
自分の努力を認めてもらえて嬉しい。
ずっとずっと満たされなくて、愛情を求めてさまよった七年間。
努力することでしか自分の存在を肯定できなかったかつての自分。
辛いことも、悲しいこともあったけど。
今、雅也と共に在れることに感謝する。
過去があるから今の幸せがある。
「雅也さん、大好き。ほんとにほんとに大好きです」
まだ涙の残る瞳で、でも精いっぱいの気持ちを込めて告げる。
「俺もだよ」
二人の唇が重なった。




