第十七話
クリスマスの翌日、萌がバイトに行くと、早速マスターにからかわれた。
「昨日の萌ちゃんと大橋君、恋人同士みたいだったよ~。二人で身を寄せ合ってさ!」
いつもなら恥ずかしがったり否定するところだが、今日の萌は違う。
「実は、昨日付き合うことになったんです。ほんとに恋人同士です」
幸せオーラ全快で報告する萌はほんとに可愛らしい。
「……へえー、おめでとう。萌ちゃん大橋君の事好きだったんだ……」
なんだか若干声のトーンが低くなったマスターだが、萌は気づかない。
「はい! 雅也さんのことが大好きです」
「そっか、いやーよかったよかった!」
すぐにいつもの調子に戻ったマスターは、いつものように萌の頭をくしゃくしゃに撫でた。
この時、萌はわずかな引っ掛かりを感じた。
夢の謎と関係あるような……。
何かを忘れているような、そんな引っ掛かりを……。
*~*~*~*~*~*~*~*~*~*
朝起きて、バイトに行き、終われば帰って三学期の予習をする。
もちろん雅也との電話は欠かさず、大好きだということを伝え合う。
例え冬休みであろうと努力を怠らない萌。
だが、雅也と付き合うようになってから、萌の毎日は幸福に包まれている。
過剰なほどの愛情を注がれ、萌は幸せを感じる。
雅也は雅也で、萌が無意識下でひたむきに愛情を求めていることに気づいている。
だからこそ沢山の愛を伝え、今までの分まで愛してあげたいと考える。
誰よりも大切で愛しい萌。
そんな萌には、誰よりも幸せになってほしい。
自分の手で幸せにしたい。
雅也に大切にされればされるほど、萌の心は満たされる。
幸せを感じることで、萌は強くなれる。
だからだろうか。
愛し愛されることを知ったことで強くなれたのだろうか。
過去と対峙する強さを手に入れたのだろうか。
――あの日以来、消え去ったはずの記憶が今再び蘇る。
真っ赤で、真黒な、忌まわしき記憶が――
*~*~*~*~*~*~*~*~*~*
いつものように眠りについた萌は、いつもと違う夢を見た。
家族で仲良く食事する最後の日の光景。
前と違うのは、最後まで見届けなければならないという強い思いだろうか。
――何かが分かる、真実が紐解かれる、そんな気がした。
再現されるあの日の出来事。
萌は夢の中で、目をそらさずに向き合った。
三人でテーブルを囲む夕食。
父が玄関へ向かうところから始まる非日常。
叫び声。
目に飛び込んでくる赤。
ナイフを持つ男。
無造作に振るわれる刃。
息絶える母。
赤、あか、アカ――
目の前に立つ男。
こちら側に手を伸ばす男。
頭をなでる男。
――目が、あった。
顔が見えた。
いや、思い出した――。
まさか、あの人だったなんて。
目が覚めて、萌はあの日の記憶を全て思い出していた。
彼は、あの男は、萌がよく知る人物だった。
怒りと悲しみと、やるせなさ。
言葉に出来ない想いを抱えながらも、萌は動き出す。
もう、萌は一人じゃない。
おびえるだけの萌はどこにもいない。
*~*~*~*~*~*~*~*~*~*
「五十嵐さん、ご無沙汰しています、工藤萌です」
萌が電話をかけたのは、虐待から救ってくれたあの刑事だ。
萌の両親の殺人事件の担当者でもある。
「萌ちゃんから電話なんて初めてだね、何かあった?」
初めて会った時から七年がたつ今、電話越しの五十嵐の声は最後に聞いた時よりも渋みを増している。
「私、思い出したんです。犯人の顔を。はっきり思い出しました」
単刀直入に事情を話す萌。
「!! 本当かい!? すぐに似顔絵班を向かわせるよ」
焦ったような声を出す五十嵐。
当然だ。
七年の間解決できなかった事件がようやく解決するかもしれないのだ。
「いえ、その必要はありません。私、彼のことをよく知ってるんです。彼の顔も名前も……。ずっとずっと私の側にいたんです。それなのに私は気づかず信頼してた……」
「犯人の名は……?」
「犯人は……父と母を殺した犯人は――――――野本聡」
*~*~*~*~*~*~*~*~*~*
萌が電話してからの五十嵐の動きは速かった。
顔と名前、住所、その他個人情報が分かってしまえば、過去を調べることはできる――徹底的に。
七年という月日の中で、証拠は欠片も残っていないのではないかと心配したが、警察は優秀だった。
当時、萌の家族と野本との間に接点は見られなかったため、犯人の候補にすら挙がっていなかった。
だが今回萌が記憶を思い出したことで、当時野本が住んでいた自宅を初めて家宅捜査したところ、動かぬ証拠が見つかった。
自分の記憶に確信を持ちつつも、どこかで違ってほしいと願っていた萌は、証拠が見つかったという知らせにショックを隠せなかった。
――まさか、野本さんだったなんて。
何年も一緒にいたのに気づけなかった。
欠片も疑うことはなかった。
信頼していたのに……。
七年という歳月がたった今、ようやく事件は終息した。
――関係者全員の胸にしこりを残して。




