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第十一話

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 ――テストが一週間後に迫った月曜日。


 昨夜遅くまで勉強していたからか、萌は寝坊してしまい、慌てて飛び起きる。

おかずを創る余裕がないので簡単におにぎりだけ作り、急いで施設を出た。




教室に入ると、潤や春希、星華はまだいなかったが、ほとんどの人が登校していた。

そして萌は、自分がチラチラと見られていることに気づく。

良い視線ではなく、探るような視線や品定めするような嫌な視線だ。




 いつものように本を読みながら時間をつぶそうとするが、そこへ近づいてくる明菜とその友人たち。


「ねえ、工藤さん」


 呼びかけられて顔を上げる萌。

その瞳には困惑とわずかな不安がのぞいている。

萌はあの日の明菜の視線を忘れていない。



「なに?」

意図せず不愛想な声が出てしまう。


 いつもそうだ。

不安を押し込め、気を張ってしまい、周りとうまく付き合えない。



「ヤダ怖~い!」

明菜が友人たちとクスクス笑い合う。


「なんか噂になってるんだけど、工藤さんって施設で暮らしてるの?」






 瞬間、萌の心臓がドクンと脈打った。

――何で知ってるの?

――なんでそんなこと聞くの?



 潤たちに打ち明けたとはいえ、誰かれ構わず知られて平気なわけじゃない。


 周りも萌たちに注視している。





「なんでそんなこと聞くの…?」

動揺して瞳を揺らしながら小さな声で聞く。



「否定しないってことは事実なんだ~」

明菜がみんなに聞かせるかのように大きな声で言った。



ざわざわとする教室。



「じゃあさ、施設育ちだから優遇されて学費免除になってるっていう噂もホント~?」




そう言われて心が痛い。


「――確かに私が施設で暮らしてるのは事実だよ。でも優遇なんてされてない。ちゃんと勉強頑張って実力で勝ち取ってるよ」


自分の必死の努力を貶められて悲しい、悔しい。





反論されたのが面白くないのか、明菜は口を歪める。

「そんなの自分じゃどうとでも言えるよね。だっておかしいじゃん、施設で暮らしてバイトまでしてる奴が成績上位に入るなんて」


明菜に同意するかのように周りの女子たちが頷く。


クラスメイト達も、萌を疑惑に満ちた目で見ている。




「そういうズルやめてよね~。マジメにやってる私たちの迷惑~」

ニヤニヤ笑う明菜とその友人たち。




 明菜たちの悪意が伝わってくる。

クラス中が萌を信用していないのが分かる。




 ずるいことなんてしていない。

ただ必死に頑張ってるのに。


 施設育ちのことを知られたくなくてわざわざ知り合いの居ない高校を選んだ――のに。




「もしかしてあのうわさもホントだったりして。両親が殺されてその場にいたのに生き残ったとか、虐待されてたとか」



嘲るように言われたその一言に、萌は凍り付いた。

頭が真っ白で、言葉が出てこない。




 呆然としているところへちょうど潤と春希が登校してきた。

二人は笑いながら教室へ入ったが、クラスの異様な雰囲気に気づき、あたりを見渡す。



「おはよう、萌」


女子に囲まれ様子がおかしい萌に、潤は優しく挨拶した。




――緩慢に顔を上げた萌の顔は真っ青で、瞳はぼんやりと虚ろで。


潤と春希は言いようのない焦りを感じた。




そこへ星華も登校してくる。


「なに、この雰囲気。なんかあったの?」

教室に入るなり、やはりクラスの様子がおかしいことに気づいた。




「あのね、工藤さんって施設育ちなんだって~。潤君たち、そんな子と付き合わないほうがいいよ~」


明菜が親切ぶって忠告するかのように潤にすり寄る。



「は? なにそれ、何の根拠があってそういうこと言うわけ?」



「根拠って…みんなそう噂してるし! てか、さっき工藤さん自身も認めたよっ」

怖い顔の潤に気圧されて焦る明菜。



「だから何? そういうことで人を差別するってサイテーじゃん。俺は萌といるのが楽しいからこれからも友達続けるけど」

潤がきっぱり告げる。



「――んでよ。なんでかばうのっ!? そいつの親って事故とか病気じゃなくて殺されたんだってよ!? しかもその場にいたのに生き残ったって! 虐待されてたって噂もあるし、そいつ自体に問題ありすぎじゃん! そんな奴と付き合わないほうがいいに決まってんじゃん!」



 潤たちにとって、萌の両親が殺されたという話は初耳で思わず黙ってしまう。



それに調子を得て、なおも萌を責め立てようとした明菜たちだが、チャイムが鳴ったため慌てて席へ戻った。

クラスの雰囲気はまだ元通りとはいかないが、何事もなかったかのようにホームルームが進む。




「萌、大丈夫?」

ホームルームが終わってすぐ、星華が心配げに萌の所へやってきた。

潤と春希も集まってくる。




「――うん。知られるなんて思わなくてびっくりしちゃって…」


心配かけまいと無理をしているのがありありとわかる。

顔色が悪いし、声に元気がない。



「先生に相談する? 言いにくかったら私が言ってもいいけど」


「やめて、大丈夫だから。施設で暮らしてることも虐待されてたことも……両親の死も、全部ほんとのことだから……今まで黙っててごめんなさい」





星華も潤も春希も、どうしたら萌が元気になってくれるかわからない。





 萌が施設暮らしということや、虐待の経験があること、親が殺されたということ、そして何より、それらを考慮されて学費免除を優遇されているかもしれないという噂で、クラス中がギスギスしている。






 休み時間に廊下に出ると、他のクラスの人も萌を見てヒソヒソとする。

クラスだけでなく、学年中に噂が広まってしまっているのだ。




いくら潤たちが萌を励ましてくれたとしても、周囲の視線は確実に萌の心にダメージを与える。



そして何といっても、両親が殺されたことを知られたということに恐怖を抱く。


誰しも人に知られたくないことはあるだろう。

萌にとっては、両親の死がそれだ。


――真っ赤な記憶。

萌にとって、両親が殺された日の記憶はパンドラの箱だ。




 だからこそ、そのことだけは誰にも打ち明けられなかった。

潤にも、春希にも、星華にも。

そして雅也やマスターにも。






*~*~*~*~*~*~*~*~*~*




 萌にとっては幸いなことに、テスト一週間前はバイトを休みにしてもらっているため、マスターに様子がおかしいことを知られずにすむ。




 けれど、嫌なことをため込むばかりの萌は日々憔悴していった。



 学校では周囲の視線に悩まされ、授業にも集中できない。


勉強していても嫌な記憶がよみがえり、テスト勉強が進まない。

そしてそんな自分に焦ってしまうという悪循環。




 そして夜。

萌は悪夢にうなされて全然寝れていない。


あの日の記憶を夢に見る。



 封じ込めたはずの記憶の箱がふたを開けた。









――小学四年生の時、萌の日常が一変した。


 その日はほんとに普通の日で。



 家族三人で夕ご飯を食べていた時だった。


ガタンと外で大きな音がした。


 当時萌が住んでいたのは田舎で、周囲にぽつぽつとある家はどれも空き家というかなり辺鄙な場所だった。


 そのため、動物が迷い込んだのかと思った萌の父が外に出た。


そしてすぐ、叫び声をあげた。



 萌と萌の母は食事を続けていたが、萌の父の苦痛に満ちた叫び声を聞いて慌てて玄関へ向かった。




――そこで萌が目にしたのは。


 倒れ伏す父。

ゆらりと立つ男。

男が持つ刃物。



萌の母が大きな悲鳴を上げた。

萌は恐怖のあまり声が出なかった。



そして。

男がこっちを見た。



 萌も萌の母も、恐怖で腰が抜けたのか、動くことができなかった。


男はそんな萌たちに、無造作に近づいた。


そして何のためらいもなく萌の母を刺した。

何度も刺していた。


 目の前で行われるそれを、萌はずっと見ていた。



 母が動かなくなって、ようやく男は刺すのをやめた。

立ち上がってこっちを見た。



――あぁ、私も殺されるんだな。

働かない頭でぼんやりと思った。



不安と恐れと残虐さに涙が止まらなかった。

声もなく、ただただ涙があふれ出た。



 目の前に立った男に絶望した。




――でも。


 男は萌を殺さなかった。

ただひたすらに萌の頭をなで続けた。




 なぜ男が頭をなでるのか分からなかった。

なぜ殺さないのか分からなかった。


 身動き取れない恐怖に萌は意識を失った。


お読みくださりありがとうございます。

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