第十話
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月曜日。
萌が教室に入ると、何となく嫌な雰囲気を感じた。
心臓がバクバクして不安に襲われそうになるが、星華の明るい声に救われた。
「萌! おはよう!」
「おはよう、星華ちゃん」
ちょうどそこへ潤と春希も登校してきて、いつもの雰囲気にほっとする。
「体育祭終わったと思ったらもう中間テストだよ! しんどい~」
星華が机に頬をくっつけてぼやく。
「来週からテスト一週間前だろ、あっという間だよな」
「今回も四人で一緒に勉強しない? 放課後図書室でさ」
潤の提案に一も二もなく賛成する萌たち三人。
チャイムが鳴り、萌の机に集まっていた三人はそれぞれ席に戻る。
二学期になり席替えをし、四人の席はバラバラになってしまった。
そのことにちょっと寂しさを感じるのは、成長のあかしだろうか。
萌は席につきながらそんなことを思った。
*~*~*~*~*~*~*~*~*~*
お昼休み、萌は潤と一緒に図書室に来ていた。
星華と春希もは本はあんまり読まないらしく、萌は図書室へ来るときは一人か、潤と一緒のことが多い。
潤も萌もよくしゃべるほうではないが、二人の間に落ちる沈黙はなぜか居心地がいい。
「あ、その本俺も好き」
「もう読んだの? ネタバレしないでね」
何気ないやり取りが楽しかったりする。
――潤にとっても、萌にとっても。
「萌は今日バイト?」
教室に戻る途中、潤が何気なく尋ねる。
「うん、そうだよ」
「じゃあさ、俺も今日カフェ行っていい? 家じゃ勉強集中できないから、カフェでやろうと思って」
「いいけど、潤君の家からすごい遠いじゃん。近所のファミレスとかでやったほうがよくない?」
「いや、マスターのコーヒーもケーキも美味いし、静かだから集中できると思うんだ」
「そっか、なら大歓迎だよ」
弾んだ声を出す萌に、潤はほっとする。
――勉強とバイトの両立。
忙しい萌と放課後に遊ぶことはなかなかできない。
勿論そのことに不満はないし、努力家な萌が好きだ。
でもだからこそ、学校外で会えるチャンスは逃したくない。
潤は、自分が思いのほか緊張していたことに内心苦笑いした。
*~*~*~*~*~*~*~*~*~*
「ねえねえ、潤君! 今日暇? もしよかったら、私たちと一緒に勉強しない? テスト近いからさ!」
放課後、明菜とその友人たちが潤を誘う。
「ごめん、今日は用事あるから」
潤はあっさり断る。
「えっ」
断られると思っていなかったのか、明菜が言葉に詰まる。
「今日俺ら遊ぶから!」
春希が潤の肩に手を置きながら割って入る。
「そっ、そっか。じゃあ仕方ないね」
「助かったろ?」
明菜たちが教室から出て行った後、春希がいたずら気に言う。
春希は今日潤が萌のカフェに行くことを知っている。
「ああ、さんきゅっ」
潤は素直にお礼を言った。
潤は元々女子に対してクールに接していたが、春希はフレンドリーに接していた。
クラスのイベントも、放課後遊びに行くことも、誘われれば積極的に参加していた。
それがここ最近は女子の誘いを断ることも増え、壁をつくっているようなときもある。
萌に対して女子たちの態度が不穏なことを感じているのかもしれない。
「じゃ、また明日な! 萌ちゃんのバイトの邪魔せずしっかり勉強しろよっ!」
からかいながら春希は教室を出ていった。
*~*~*~*~*~*~*~*~*~*
「よかったの? 新山さんたちと勉強しなくて」
二人で電車に揺られる中、萌がポツリと問いかけた。
もし行きたかったのに先約があるから断ったのだとしたら申し訳ない。
「いいよ、新山さんたちとは正直仲良くないし、集中できなそうだから」
こともなげに言う潤に、萌の罪悪感は無くなった。
カフェはお客さんがまばらで空いていた。
萌が着替えて店内に行くと潤はもう勉強を開始していて、さすがだと思う。
「萌ちゃん、これ潤君の席によろしく」
マスターから受け取ったホットコーヒーとチョコケーキを潤の席に運ぶ萌。
ありがとうと言われ、少しだけくすぐったいような気持ちになった。
お客さんが少なかったこともあり、潤は二時間カフェで勉強して帰っていった。
「じゃあ、また明日。バイト頑張ってね」
去り際にそう言われ、なんだかすごく特別なことのように感じた。
*~*~*~*~*~*~*~*~*~*
「なにあれ」
明菜は唇をかむ。
――なんであの二人が一緒にいるわけ?
潤に誘いを断られた明菜は塾が一緒の友達と、勉強という名目の下、ファミレスでだべっていた。
たまたまそこは萌の最寄り駅付近で。
たまたまその友達は萌の中学の同級生で。
そしてたまたま帰り道、萌と潤がいるカフェを目にしてしまった。
「あれっ、工藤さんだ。うわっ、マスターイケメン! 側にいる男子も超絶イケメンなんだけど。てか制服明菜の高校のじゃん! 確か工藤さんも明菜と一緒の高校だったよな~」
イケメンにテンションが上がった明菜の友人が興奮したように話す。
「工藤さんのこと知ってるの?」
「もち。中学一緒だったもん。うちの中学で一番可愛くて頭良かったよ」
「へー。ここって工藤さん家? うちの高校バイト禁止なんだけど」
萌を褒める言葉には興味ないと言いたげな明菜。
「いやいや、工藤さん施設育ちだよ。だからバイトしてんじゃない?」
「えっ、工藤さん施設の子なの!? ちょっとその話詳しく!!」
明菜が目を輝かせて食いつく。
「え~? 私もよく知らないよ。ただ、両親が死んだから施設で生活してるんだって。あと、これはほんとか分かんないけど、両親が殺されてその現場にいたのに一人生き残ったって噂や、施設で暮らす前に親戚に引き取られたけど虐待されてたって話もちらっと聞いたことある。
あの子、中一の時はめっちゃおどおどしてて暗くてマジ皆遠巻きにしてて。可愛いけどあれはなかったわ~。だんだんおどおどがマシになってきたけど、こっちは施設育ちっていうの知ってるから、誰も関わろうとしなくて友達なんていなかったんじゃないかな。」
「へぇ~、施設暮らしに虐待……親が殺された……か」
明菜はこっそりほくそ笑んだ。
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