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第九話

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 二百メートルリレーと男女混合リレーはすごく盛り上がった。


この二つの種目は連続して行われるため、潤と春希が疲労でうまく走れないんじゃないかと心配だったが、その心配は杞憂だった。


「きゃ~! 潤君がんばれ~!!」

「春希く~ん、いけ~!!」



あちこちから潤と春希を応援する声が聞こえ、改めてすごい人気だと思う萌。


「わっ、一位じゃん、うちらのクラス最強じゃん!」

星華が嬉し気な様子で言う。


なんと、二百メートルリレーと男女混合リレー共に一位になった三組。


三組ベンチが大いに盛り上がる。





「お疲れー! 潤君めっちゃ早かったね、かっこよかったよ!」

新山さんが潤君に話しかけているのが聞こえてくる。


ついでにタオルも差し出しているようだ。


「ああ、ありがとう。タオルは自分のあるから。あっ、萌!」

潤は萌を見つけるとパッと笑顔になってすぐにそちらへ向かう。



忌々し気に睨んでくる新山さんに萌は少しだけ怖くなる。

どんなに時間が経っても、きっと萌は負の感情を宿した視線に慣れることはない。



 虐待が止めばそれでその被害者が救われるわけではない。

その心の傷が癒えることはないのだ。





「潤君も春希君もすごかったよ、速くてびっくりしちゃった」

「ほんとに、めっちゃ速かった! お疲れ~」


萌と星華に褒められて二人とも嬉しそうだ。





 結果は惜しくも二位だったが、三組はお祝いムードだ。


そんな皆をよそに、萌は雅也とマスターの所へ駆け寄った。


「今日は見に来てくれてありがとうございました! 二人が見に来てくれたおかげで、一番楽しい体育祭になりました!」


「俺らも楽しかったよ。二位おめでとう、また明日バイトでな!」

「俺も楽しかった。いいリサーチになったし、一緒に借り物競争出れて久々にわくわくしたよ。今日はゆっくり休んでな。じゃあ、俺らはもう帰るよ」



萌は二人が人ごみに紛れて見えなくなるまでその背中を見送った。




――本当に本当に楽しい体育祭だった。






*~*~*~*~*~*~*~*~*~*





「ねえねえ、萌は打ち上げ参加する?」



ホームルームの後、星華が萌にきく。

潤や春希も萌の方へ顔を向け、答えを待っている。



「えっと、打ち上げって?」

萌は何の話か分からず聞き返す。


「えっ、――今日七時からセブン座モールの四階のバイキングで打ち上げをやるんだけど、知らない? 新山さんたちがクラスのみんなに話したって言ってたんだけどな」



星華の言葉に萌は惨めな気持ちになる。

わざと自分に話さなかったのは明らかだ。


あの時の忌々し気な視線を思い出す。


「教えてくれてありがとう。でも私はいいや。バイトもあるしね」

萌は強張った笑顔でそう言うと、また月曜日と手を振って急いで教室から出ていった。



――バイトなんて嘘だ。

でも強がりを言わないと、惨めさや悲しさがあふれ出しそうだった。




中学時代、萌に関わるクラスメートはいなかった。

友達もできなかった。


――でも。

何か連絡があるときに仲間外れにされるようなことはなかった。

いじめられることもなかった。


無関心、あるいは施設の子ということで遠巻きにしているだけで、負の感情をぶつけられたことはない。


 だからなおさら。

どう対処していいのか分からない。


今日のことはいじめとも言えないことかもしれない。

実際、暴力を振るわれるという経験がある萌にとっては可愛いものだ。

――そのはずだ。



でも。

どうしてこんなに動揺してしまうのだろう。

どうしてこんなにみじめなのだろう。





曇天の空の下、萌は一人電車に揺られる。






*~*~*~*~*~*~*~*~*~*





施設に帰る前に、萌はマスターのカフェに立ち寄った。

カランカランというベルの音と共に店内に入ると、なんとそこには雅也と大泉の姿が。


「いらっしゃいませ――おっ、萌ちゃんじゃん!」


「こんにちは。 大泉さん、お久しぶりです」

丁寧に頭を下げる萌に、大泉はこっちに座りなと隣の席をたたく。



「お二人が一緒にいるなんて珍しいですね」

誘われるまま大泉の隣に腰を下ろす萌。


「偶然だよ。体育祭の後、せっかくならマスターの所で夕飯済ませようと思って来たら、たまたま大泉さんも来て」


「俺も仕事でこの辺りに来たから、久々にマスターの料理が恋しくなって寄ったら大橋がいて驚いたよ」


どうやら仕事ではなさそうなのでほっとする萌。


「大橋から聞いたよ。萌ちゃんのクラス二位だったんだってな、おめでとう!」

「ありがとうございます」


にっこり笑う萌。



だが雅也は少しだけ違和感を覚える。

学校で会った時よりテンションが落ちている気がしたのだ。



「クラスで打ち上げとかはしないの?」

何気なく大泉が尋ね、明らかに萌の顔が強張った。


大泉も気づいたようで、

「どうした? なんかあったか?」

と心配そうだ。



「ため込むのは良くないぞ、相談に乗るくらいならできるから、話してみ」


雅也にもそう言われ、萌はおずおずと今日あったことを話した。


「自分でも不思議なんです。確かに視線は怖かったけど、打ち上げもことを言われなかったくらいでこんなに悩むなんて」

萌がつぶやく。



「言葉で言うと大したことがないように聞こえるかもしれないけど、一人だけ仲間外れにされるっていうことに、人は思ってるよりもダメージを受けるんだ。

特に萌は、今までが今までだっただけに、そういうことに敏感になっちゃうんだと思う。萌が弱いからとかじゃないよ」


雅也の言葉に続けて、大泉も言う。

「そういうことに嫌だなって思うのは普通の反応で、萌ちゃんは何も悪くないよ。

でも、萌ちゃんには友達がいる。俺たちもいる。決して一人じゃない。

何かあったら、俺達でも、学校の友達でも、相談すればいい。

みんな萌ちゃんの助けになってくれるよ、絶対。もちろん俺もね」


最後はいたずら気にウインクされて、萌は思わず笑ってしまう。


「ありがとうございます、話したらすっきりしました。そろそろ帰りますね」


気づくと萌がカフェに入ってから一時間も経っている。


「気をつけて帰れよー」

マスターが外まで見送ってくれる。





 外に出ると、綺麗な夕日が萌を照らした。



お読みくださりありがとうございます。

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