第八話
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ベンチに戻ると、萌は目をギラギラさせた女子たちに囲まれた。
「工藤さん、一緒に走ってた人って工藤さんのお兄さん?」
「めっちゃイケメンじゃん! うちらにも紹介してよ」
口々に話しかけられ、萌はパニックだ。
「みんな詰め寄りすぎ。萌が困ってるだろ」
潤が萌をかばう。
「そうそう。それにあの人は萌のお兄さんじゃないよ。ただの知り合いだから紹介とか無理」
星華もそう言って女子たちを黙らせる。
「もう昼飯の時間じゃん! 早く行こうぜ!」
そう言って春希が萌を女子の輪から助け出してくれた。
「ごめん、みんなありがとう」
萌は潤たち三人にお礼を言う。
人付き合いは苦手だ。
けれどああいう局面でうまく対応できるようになろうと心に誓う。
いつまでも三人に頼りきりじゃダメだ。
「あのさ、今日見に来てくれてる知り合いにみんなのこと紹介していい?」
「まじ!? 紹介してくれんの? よっしゃー! 全然オッケー」
「俺もいいよ。むしろ嬉しいな」
潤と春希の許可も取れてほっとする萌。
雅也さんにはいつも学校生活のこととか色々気にかけてもらってるから、友達を紹介したいなってずっと思ってた。
「ありがとっ」
*~*~*~*~*~*~*~*~*~*
――一方、萌たちがいなくなったクラスベンチでは
「ただの知り合いって無理ありすぎ」
「困ったときに一番頼りになる人じゃん。親密に決まってるっしょ」
「うちらに紹介したくないってことじゃん。
潤君と春希君とも仲良くて、その上あんなイケメンとも交流あるとかズルすぎ」
「イケメン独り占めとかまじうっとうしいわ~」
女子たちが萌の悪口を言っていた。
元々潤と春希と仲がいいことに納得のいっていなかった女子たちだが、今回さらに社会人のイケメンと知り合いである萌に対して嫉妬心が膨れ上がる。
「いい子ぶってるけど結局男好きなんじゃん。潤君たち騙されてかわいそうだよね」
新山明菜が吐き捨てるように言い、それに同調する女子たち。
それを近くで聞き、女子って怖いと思う男子たち。
――萌の知らぬところで嫉妬の炎が静かに燃え上がる。
*~*~*~*~*~*~*~*~*~*
「萌ちゃーん! おっ、星華ちゃん達もいるね、久しぶり!」
マスターが手を振ってくれる。
その隣には雅也さんが。
「みんな、紹介するね。さっき一緒に借り物競争で走ってくれたの見たかもしれないけど、大橋雅也さん。私の担当編集さんですごくお世話になってる人」
「初めまして、大橋雅也です。みんな萌と仲良くしてくれてありがとう。萌から友達の話をよく聞くから、会えてうれしいよ」
雅也がにこやかに自己紹介したのもつかの間、
「だけど萌、紹介し忘れてるぞ。俺は一番頼りになる人なんだろ?」
萌の頭に手を置き、甘くささやく雅也。
瞳はいたずら気に輝いている。
「や、やめてください。恥ずかしい」
萌の頬はたちまち真っ赤になった。
それを面白く思わない潤。
「ずいぶん仲がいいんですね。初めまして、俺は川崎潤です」
ただただクールに自己紹介する。
「私は小川星華です。初めまして」
「俺は長瀬春希です。萌の親友っス」
それぞれが自己紹介し合い、お昼ご飯の時間が短くなってしまうということで、萌は一旦潤たち三人と別れる。
グラウンドの隅にレジャーシートを敷き、マスターの作ったお弁当を雅也とマスターと萌の三人で囲む。
「うわー、おいしそう!」
萌が思わず歓声を上げる。
重箱の中には唐揚げ、ポテトサラダ、春巻き、タコさんウインナー、卵焼き、ハンバーグなどたくさんのおかずが詰められている。
「ほんとだ、凄い。俺まで一緒に頂いちゃっていいんですか?」
雅也も驚くくらいの豪華さだ。
「もちろん、二人ともたくさん食べな。張り切って作りすぎちゃった」
沢山あったおかずだが、三人で食べるとあっという間に食べ切った。
「美味しかったー。マスターの料理は最高です!」
「ほんとにうまかった。ありがとうございます。ごちそうさまでした」
幸せそうな顔の萌と雅也。
中学の頃は毎年一人でお弁当を食べていた体育祭。
今年は一緒にご飯を食べる人がいてとっても嬉しくて楽しいと感じる萌だった。
*~*~*~*~*~*~*~*~*~*
午後はクラブ対抗リレーで幕を開けた。
萌はベンチに戻るなり女子たちの不穏な視線に気づき、ベンチから少し離れた木陰に移動する。
ぼんやりしていると、星華が隣にやってきた。
「ねえねえ、大橋さんと萌ってなんかめっちゃ仲いいよね。編集者と作家っていう距離感じゃないよ。どういう関係?」
好奇心に目をきらめかせて萌の顔を覗き込む星華。
そこに嫌味な調子はみじんもない。
「えっと、色々相談に乗ってくれて、最近ちょっと距離が近づいたって感じで。雅也さんはきっと私のこと妹みたいに思ってくれてるんだと思う。私が施設暮らしなの知ってるから、家族みたいに扱ってくれてるんだよ。」
萌が考えを整理するように答えた。
意識してか無意識下か分からないが、萌が雅也を兄のように思っているという言葉はない。
「そっか。でもいいね。マスターも、大橋さんも、萌のことすっごい大事にしてるようだったよ」
二人で話しているところへ潤と春希もやってきた。
「なになに、二人で内緒話?」
「ちがうちがう、大橋さんの話。イケメンだったなーって思って」
「あー、確かに。仕事ができる男って感じで俺ちょっとビビっちゃった」
春希がテンション高く言う。
「でも萌のこと大事に思ってるんだなーっていうのが伝わってきたよね!」
星華と春希が盛り上がる中、萌は潤が一人静かなことに気が付く。
「潤君、元気ないけどどうかした?」
「あっ、いや、なんでもないよ」
ハッとしたように顔を上げる潤。
「あー、やっぱり聞いていいかな? 萌と大橋さんって気心が知れててすごい仲がいい気がしたんだけど、どういう関係かな?」
「あはは、それ星華にも聞かれたよ。雅也さんは、私が最近心を開けるようになったきっかけをくれた人なんだ。私が施設で暮らしてることを知ってるから、前から気にかけてもらってたんだけどね。きっと雅也さんは私を妹みたいに思ってくれてるんだと思うよ。
私にとって雅也さんは頼りになる人って感じかな」
「そっか。じゃあさ、付き合ってるとかではないんだね」
潤が安心したような探るような視線で問いかける。
「まさか、違うよ。びっくりさせないでよ」
萌が大きな声で否定する。
それを聞いてようやく安心したような顔で立ち上がる潤。
「じゃ、俺そろそろリレーの準備してくるね。 春希、リレー行くぞ」
後に残ったのはぽかんとした萌と笑いをこらえる星華。
「何だったんだろ、さっきの質問」
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