第9話【探索部SIDE】 生身を切れない社会
翠星高校、探索本部。
第二次攻略パーティーのブリーフィングを行う室内は、以前とは比較にならないほど重苦しい空気に満ちていた。
光聖の前に立つCランク生徒4人は、一様に表情が硬い。
「光聖君。ヒメノテクノロジーの最新装備を全員分用意しましたわ。この戦力があれば、以前のようなことにはなりません! 今度こそ、大成功間違いないですわ!」
凜華が楽観的な意見を述べるが、空気の重さは変わらない。
「……防御力は確かだ。いざとなれば、俺が『挑発魔法』でモンスターを引き受ける。無理なことを達成することが探索者じゃない。できることのレベルを少しずつ上げていく。それでいいんだ」
光聖はメンバーにやさしく語る。
四人は以前の配信で、機械鳥の襲撃に混乱して、アバターロストした。
しかし、最新装備というフレーズが持つ説得力。
いざとなれば挑発魔法で引き受けてくれるという安心感。
恐怖は、乗り越えなければそのままだ。
本来なら、モンスターに襲われ、体を傷つけられ、アバターロストと言う末路となった彼らには、休息が必要となる。
しかし。
理事長、御門良善という男の精神性と、この学校が『探索専門学校プロジェクト』に参加しているという都合上、『探索に恐怖を抱えたまま』であるのは、デメリットだ。
(自惚れてるわけではないが、恐怖を抱いている子供に適切な言葉なんて誰も知らないんだ。俺が、『ダンジョンは適切に動けば大丈夫だ』と、背中で語るしかない)
明らかに高校生の発言ではないが、それが可能なのが、『御門光聖』という探索者だ。
「ただ、懸念点はまだある。最初に言うなら『問題はない』が、聞いてほしい」
「え……」
「俺たちは以前の配信で、『ヒメノテクノロジーの装備』を身に着けた上で、ある程度の稼ぎを出せることを配信している。クレーン地帯に入ったから、空からの奇襲で中断したが、君たちは強い。一体のモンスターにしっかりした戦術で挑めば、君たちはあのダンジョンでも勝てる。正直、今すぐBランクに昇格してもいいくらいだ」
Aランクに上がってもいい。とは光聖も言えないが、洞窟型において21から30層を相手にするはずのメンバーで、41から50層に該当するモンスターを相手にできるというのは、確かな実績だ。
紛れもなく、『パーティー単位なら、Bランクに上がっても不思議ではない』と言える。
「では、懸念点とは……」
「アバター狩りだ」
「えっ……」
「ほとんど報道されないが、聞いたことはあるはずだ。アバターは傷を負っても痛みを感じないし、血は出ず、魔力がちょっと漏れるだけ」
重要なのは、ここから。
「倒されても死なない。だが、『アイテムと装備はその場に落ちる』……だからこそ、探索者を狙う『アバター狩り』をする連中がいる」
ナイフで傷つけても痛みを感じない。
アバターが壊れても、アイテムを落とすだけで、本当に死ぬわけではない。
この構造は、『愉快犯』の存在を誘発する。
そして、倫理観を度外視すれば、ダンジョンの中でモンスターを倒すよりも、魔石やアイテムを集めて帰ってくる探索者を狙う方が効率的だ。
強くとも、隙が全く無い探索者などそうそういないし、どうしても集中力は切れてくる。
そこを狙えば、高ランク探索者であっても倒せるのだ。
「俺たちは、俺がAランクだが、みんなはCランクだ。俺さえ抑え込めば、君たちを倒すのは容易だという考えに至るだろう」
「あ……」
「慌てず、自分の身をしっかり守ってくれ。その間に俺が片付ける」
「わ、わかりました」
とりあえずはこんなところだ。
(アバター狩りの対応に正解はない。出てこないに越したことはないが……)
どこか、『腐臭』を感じる光聖だった。
★
ダンジョン内部を進む光聖たち。
最新装備の名は伊達ではないようだ。
以前、このダンジョンに入ったとき、Cランク四人は『少しおびえてはいたが、指示を的確に出せばモンスターに勝てる』と言ったレベルだった。
だが、今回は、指示を出す回数もかなり少なくなっている。
そして、それを実感したなら、緊張はするが、それでもしっかり進むことはできる。
(……Aランクダンジョンとはいえ、文明型。道中のモンスターから落とす魔石は、洞窟型の奴よりは低価格だ。ギミックを解き明かせばその限りじゃないが、俺はそういうのは苦手だし、みんなにその余裕はない)
周囲を警戒しながら進む。
(そこそこ、稼いだか……っ!)
四人がモンスターを倒した直後。
光聖は、剣を抜きながら四人の前に飛び出た。
そして、飛んできた『銃弾』を、剣で弾き飛ばす。
「えっ……こ、光聖さん!?」
「今のは……」
「狙撃だ。やっぱり、アバター狩りが出てきたらしい」
警戒しつつも、頭の中で地図を思い出す光聖。
いわゆる『狙撃ポイント』というものは限られている。
もちろん、狙撃銃を手に入れて間もない『素人スナイパー』ならば、そのあたりのセオリーを完全に無視した位置取りになるが、ここはAランクダンジョン。
ただ待ち構えるだけでも、それ相応の実力が求められる。
素人は、ありえない。
「さすがだな! 御門光聖!」
周囲から、戦闘服を着た男たちが武器を構えて飛び出てきた。
「みんな、自分の身を守れ! で……そんな装備で俺に勝てると思ってるのか?」
「さあな。ただ、三年前の借りを返してもらう。それだけだ」
「三年前……『ハウンドレッド』の残党か」
「新生だ。勝手に残り物扱いしてんじゃねえぞガキ」
お互いに武器を構える。
「……なんだ? 何か、違和感が……」
男たちを観察している光聖だが……すぐに気が付いた。
「まさか。お前たち……」
「さすがの観察力だ。そう……俺たちはアバターじゃねえ。生身なんだよ。その剣で俺たちを斬ったら、死んじまうかもしれねえな。どうする?」
男たちはニヤニヤしながら接近し……光聖たちに切りかかる。
「チッ!」
光聖は剣で男たちの攻撃を防ぐ。
ぞろぞろと集まっている『ハウンドレッド』と言うらしい男たちだが、光聖に対しては五人がかりだ。
それは、『光聖の方から攻撃してこない』というハンデがあっても、ただ抑えておくというだけで、それだけの戦力が必要ということ。
そして、五人は光聖しか見ていない。
光聖に対しては、五人がかりになることに何の屈辱もないということか。
ただ……。
「うわあああっ!」
「チッ」
「おいおい、お前の相手はこっちだぜ英雄さんよ」
「三年前、俺たちを潰した借りは返してもらう!」
アバターシステムがあるこの世で、「生身の人間」を、アバターで攻撃することは、傷害、あるいは殺人に直結する。
たとえ相手が犯罪者であろうと、この一線を越えれば、自分は探索者ではなく「犯罪者」に堕ちる。
光聖の動きが、その『倫理的な躊躇い』によって、致命的に止まった。
「カモが!」
Cランク生徒たちは、モンスター相手の訓練しかしていない。
ナイフを持った「生身」の人間に囲まれ、恐怖で硬直する。
「やめろ!」
光聖がCランク生徒を庇おうと前に出る。
だが、残党たちは光聖の迎撃を恐れる必要がないことを知っている。
彼らは「生身」のままCランク生徒たちに密着し、光聖が聖剣を振るえば生徒に当たりかねない「人間の盾」の状況を作り出す。
光聖が「生身」の残党に手を出せず、「防御」に徹せざるを得ない、その隙。
「――今だ!」
リーダーの合図で、物陰から『アバターを装備した』別働隊が飛び出し、硬直するCランク4人に、その全火力を集中させた。
「うわあああ!」
「いやだあああ!」
光聖の防御は、Cランク4人を守りながら、『生身』と『アバター』の両方に対処するには限界があった。
悲鳴と共に、Cランク生徒のアバターは次々と破壊されていく。
4人が光の塵となって消滅し、その場には、ヒメノテクノロジーの「最新装備一式」と「アイテム」だけが、虚しくドロップした。
「ハハハ! ご馳走さん!」
残党リーダーが、光聖の目の前で、Cランク4人分の「最新装備」を全て回収していく。
「3年前の借りは返したぜ!」
嘲笑を残し、残党たちはコンテナの陰へと撤退していった。
コンテナヤードに残されたのは、立ち尽くすAランクの光聖、ただ一人。
結果は、前回以上に悲惨な、「最新装備の全強奪」という最悪の敗北。
「……まさか。こんな作戦が……クソッ」
さすがの御門光聖も、項垂れるしかなかった。




