第8話 ピコちゃん歓迎パーティー!
翠星高校、部活棟。
いつもの混沌としたバスケ部部室は、今日、さらなるカオスに満ちていた。
「「「カンパーイ!!」」」
ローテーブルの上には、もはや『高校生の部活』のレベルを遥かに超えたご馳走が並んでいる。
Lサイズのピザが3枚。
特上寿司の桶が2つ。
フライドチキンの特大バーレル。
デパ地下でしか売っていないような、高級フルーツタルトのホールケーキ。
大量のスナック菓子。
育ち盛りの高校生が集まって、腹いっぱいになるまで美味しいものを食べるためのメニューがそろっている。
「いやっふー! 稼いだ金で食うピザは美味いぜ!」
「海斗、口の周りソースだらけ。汚い」
「うるせえ栞! これくらい豪快に食うのが美味いんだろ!」
ピザにかぶりつく海斗だが、稼いだ金は確かに多い。
木箱に入っていた80万円相当の魔石もそうだが、道中、中ボスなどを含めたモンスターの討伐も、合計10万だ。
合計で90万。
潜ったのが刃多だけであることを考えると、なかなかの収益だ。
ただ……。
「しっかし、不思議だよなぁ」
「何が?」
「Aランクとはいえ、モンスターを倒した分の収益。少なすぎじゃん。光聖たちの配信も見てて思うけど、思ったほど稼げてないでしょ」
翼が疑問を口にした。
「文明型だからじゃね?」
「ん?」
「洞窟型。光聖が本来得意とするヤツなら、モンスターを倒して手に入る魔石がかなりの質を持ってる。でも、文明型は、ギミックを解き明かすとかなりの報酬が待ってる。そんな感じなんじゃね?」
「なーるほどぉ」
海斗に言われて翼は頷いた。
「言い換えると、しっかりギミックを解き明かす熱意がないなら、素直に洞窟型に潜った方が良いということだね。実に美しい棲み分けだ」
「その美しいって何を変換してるの?」
「栞、考えても無駄だぞ」
ピザを食べながら栞が首をかしげたが、チキンを食べつつ剛が止めた。
航の言語センスは、少々、難しい。
「そんなことより! 今回の主役はピコちゃんだぞ!」
「ぴぃ! ぴいっ!」
刃多のジャージに胸ポケットから、ピコちゃんがひょこッと顔を出した。
「ピコちゃん。こっちこっち!」
栞がスマホのカメラを向けて、ピコちゃんを手招きする。
「ぴぃ! ぴい♪」
ポケットから飛び出すと、栞に向かって突撃した。
栞が出した手に乗って、笑顔になる。
「かわいい~」
肩幅が狭い刃多のジャージに胸ポケットにすっぽり収まる大きさ。
手のひらサイズだが、感情豊かでエネルギッシュだ。
「そういえば、ピコちゃんって何を食べるんだろうな」
「ぴぃ? ……ぴぃ!」
ピコちゃんは栞の手から飛び立つと、寿司が入った桶の傍に着地して、たまごを食べ始めた。
口も体もとても小さいので、寿司のネタを一つ食べたらお腹いっぱいになるだろう。
はむはむ食べているピコちゃんを、栞はスマホで撮影している。
「たまごを食べてるね」
「魚に飛びつくのかと思ったらたまごか。ただ、すぐお腹いっぱいになりそうだな」
「ぴぃ! ぴい!」
美味しいようで、口をもぐもぐ動かしてしっかり食べている。
「むー……」
そのそばで寿司を食べている刃多だが、今回、かなり動いている。
かなりウトウトしており、もうすぐ寝そうだ。
「刃多。寝ていていいぞ。後で残った奴を詰めとくからな」
「んー……zzz」
限界だったのか、寝落ちしてしまった。
「戦えるって言っても、Aランクダンジョンだし、疲れて当然だよね~」
翼はチキンを食べながら肩をすくめた。
「ぴぃ……ぴい!」
たまごをちょっと食べたピコちゃんは、刃多の肩に飛び乗った。
「おっ、肩に乗った……ていうか、生まれたばかりなのに、かなり素早いな」
「精霊はそういう物なのかもしれないね。そもそも目撃例が少ないし、その生まれたばかりの姿なんて見るのは初めてだから、厳密にはわからないが……美しい生態だ」
「ぴぃ、ぴぃ!」
ピコちゃんは刃多の髪をくんくんと嗅いでいたが、はむはむ、と口に咥え始めた。
「お、おお? これは、どういうことなんだ?」
「わからん」
さすがに、髪を口でくわえるのは理由がわからない。
「ぴいっ!」
理由はわからないが、楽しそうである。
「ぴぃ? ぴぃ!」
肩から飛び立つと、部室の中を飛び回る。
しばらく飛んだあと、体操服が入れてあるスポーツバッグの上に着地した。
「あ、それ、海斗のやつ……」
翼が呟くように言うと、ピコちゃんは、バッグの中に顔を突っ込んだ。
そして……ピタッと、体が止まった。
そのまま、顔をゆっくり抜いて……。
「……オェ」
バッグの上から転げ落ちて、そのまま床をのたうち回る。
「おい! なんだ今の!」
「ギャハハハハハハハ! そりゃ海斗の匂いをストレートに嗅いだんだ。そりゃ臭いって! あっはっはっはっは!」
海斗はあんまりな反応に文句を言ったが、翼は大笑いである。
「ぴ、ぴい……」
涙目でよろよろと別のバッグに向かう。
それは、刃多のスポーツバッグだ。
クンクンとにおって……顔が「!」となった。
そのまま、開いたチャックから、バッグの中に入った。
「ぴいいいいっ! ぴいいいい~~~っ!」
歓喜の声が聞こえる。
「刃多のは良いみたいだな」
「柔軟剤。高いヤツ使ってるみたいだから」
「柔軟剤かぁ。俺も使った方がいいか? いつも洗剤だけだし」
「好きにしろ。というか、ピコちゃんも、におってひどい目にあったのに、別のバッグに行くんだな。そこは意外だ」
「何事も経験だ。実に美しい」
「そう……なのか?」
「海斗先輩の体操服の匂いは美しくないがね」
「どういう意味だおい!」
「あっはっはっはっは!」
翼が大笑いしていると、ピコちゃんが出てきた。
そのまま、刃多の頭の上に飛び乗った。
「ぴっ、ぴいぃ……」
そのまま小さく丸まって、スヤスヤ寝始めた。
栞はその様子を録画中である。
「……思うんだが、ピコちゃん。多分母親だと思ってるよな」
「そうだね」
「風呂に入ったとき、どんな顔するんだろうな」
「さぁ……わからないけど、流石に風呂場で撮影しろとは言えないし……」
「フフッ、そこは刃多だけの思い出ということにしよう。それが美しい」
「まぁ、そうだな!」
海斗はニヤッと笑うと、蓮を見る。
「で、蓮。どうだ? 何かいい遊び場はありそうか?」
「ああ。廃港だが、まだまだ遊び場は用意されている。ただ……少し、腐臭を感じるが……」
「腐臭……ねぇ」
「ん? どしたんだ海斗」
何かを思い出した様子の海斗に、翼は声をかける。
「いや、別になんでもねえ。今はたくさん食べようぜ」
「だな! じゃあそれ貰い!」
「あ、俺の大トロ! 返せ!」
「誰が返すか! うめぇ!」
「くそっ! 先に食べときゃよかった! 刃多の食べよう!」
「この人でなしめ!」
「翼! お前がいうな! ていうかどっちみち、長く置いとけねえだろ!」
わいわいがやがや。
それでも、刃多とピコちゃんは夢の中である。




