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第7話 換金時の一悶着

 80万円分の魔石と、ペットのピコちゃん。

 これだけいろいろ手に入ったのだから、初日としては十分すぎる。


 今回のダンジョン探索は終わりだ。


 というわけで、Aランクダンジョン『霧とコンテナの廃港』のゲートから、一台のバイクが滑り出てきた。


 周囲の探索者たちが、ぎょっとして振り返る。


「え、バイク?」

「Aランクダンジョンからバイクで出てきたぞ……」


 ざわつく視線をものともせず、美少女(と見まがう少年)――刃多は、愛用のバイクを走らせる。


 そのまま、ダンジョン役所の駐輪場に停めた。


 ライダースーツの胸ポケットからは、白い小さなドラゴン『ピコちゃん』が、物珍しそうにキョロキョロと顔を覗かせている。


 役所のエントランスに入ると、かなり空いている。

 そもそもAランクダンジョンである『霧とコンテナの廃港』は、挑む人が少ない。


 ギミックを解き明かせば報酬があるとはいえ、それは『Aランクモンスターの襲撃を撃退しながら』という前提だ。


 とはいえ、利用者はゼロではなく、何人かが並んでいる様子。


 本来、ダンジョンから出た者は、ここで「手に入れたアイテムの報告義務」を果たす必要がある。


 だが、刃多はヘルメットを小脇に抱えると、その列を完全に無視し、まっすぐ2階の会議室へと続く階段へ向かった。


「あ、すみません、そこの新人さん!」


 カウンターの職員が声をかける。


「退場手続きは1階ですが……あれ? 聞こえなかったかな」


 刃多は(いつものように)誰とも視線を合わせず、そのまま階段を上がっていく。


「まあ、Fランクの新人さんみたいだし、後で様子を見に行くか……」


 職員は、手続きをわかっていないだけだろうと、小さくため息をついた。


 ★


 防音会議室のドアが開くと、待機していた仲間たちが一斉に沸いた。


「おお! お疲れ刃多! ピコちゃんも!」

「ピコちゃーん! よく来たね! ここが部室じゃないけど、私たちのお部屋だよ!」


 海斗に迎えられ、栞がピコちゃんを優しく撫でる。ピコちゃんは「ぴっ♪」と嬉しそうに栞の指にじゃれついた。


「ただいま」

「おう。んで、ブツは?」


 海斗に促され、刃多は収納魔法の渦からあの『木箱』を取り出し、床に置いた。


「これが80万……すげえな」


 翼がゴクリと喉を鳴らす。


「ああ。時任ときとう先生はもうすぐ来るはずだ。先生が来るまで待機しよう」


 蓮がメガネのブリッジを押し上げた、その時だった。


 コンコン、と会議室のドアがノックされた。


「ん? 蓮、先生もう来たかな?」


 翼がドアを開けると、そこに立っていたのは、時任先生ではなく、先ほどの「役所職員」だった。


「あ、すみません、やっぱり手続きがまだだったので……」


 親切心から教えに来た職員は、会議室の中を見て、言葉を失った。


 床に置かれ木箱の中身は、どう見てもAランクダンジョン産出としか思えない「大量の魔石」。

 栞の肩で無邪気に遊ぶ、未登録の「精霊」。

 そして、それを囲む高校生たち。


「き、君たち! その魔石はどうしたんだ!?」


 職員の顔色がサッと変わる。

 その顔色は、『違反に対する注意』を超えて、どこか、『欲』を感じさせるもの。


「Fランクの君たちが、Aランクの魔石をこれだけ大量に? これはどう見ても不正な持ち出しか、あるいはハイエナ行為だ! しかもその精霊は!? 未登録のまま持ち出すのは重大な規約違反だ! 魔石も精霊も、証拠として全てこちらで没収させてもらうぞ!」


 職員が慌てて刃多のライセンス提示を求め、場が騒然となりかけた――その瞬間。


「――失礼、彼らは私の大事な『パートナー』ですよ」


 穏やかな声と共に、時任譲二ときとうじょうじが会議室に入ってきた。


 その後ろには、高級そうなスーツを着ているが、なぜか顔色が悪く、どこか怯えているようにも見える男性が立っている。


「やあ刃多君、お疲れ様。こちらが、君と契約を結ぶ『ダイナナ重工』の鑑定士さんだ。早速だが、このタブレットにサインを」

「だ、ダイナナ重工!?」


 職員が息をのむ。


「プロ仕様で名高い大企業の名前が出たら、怯むよねぇ」


 翼はやれやれ、と首を振った。


「パートナー契約をすれば報告義務はないが、凄い企業を連れてきたな」


 剛が頷く。


 刃多は蓮に目配せされ、言われるがままにタブレットにサインする。

 電子音が鳴り、刃多の探索者ライセンスが「ダイナナ重工パートナー」として即時更新された。


「と、時任先生!? パートナー契約ですって!? ですが、この魔石はまだ退場手続きが……!」

「おや?」


 時任先生は、にこやかに職員に向き直った。


「刃多君がゲートを通った時、危険物センサーは鳴りませんでしたよね? 彼は魔石と、人間に危害を加えられない精霊しか持っていませんから」

「そ、それは……」


 時任先生は、なおも食い下がろうとする職員の肩に、そっと手を置いた。


「パートナー契約者の退場手続きは『危険物の有無』の確認のみ。アイテムの内訳を役所に報告する義務はありません。これは迷宮省の規約ですよね?」

「そ、それはそうですが……! しかしこれだけの量を、Fランクの彼が……明らかにおかしい! 役所として調査する義務が……!」


 この役所は、『探索専門学校プロジェクト』に参加する翠星高校から強い影響を受ける。

 ルールと言うより、もっと深い『政治』が、言葉に滲み出ている。


 ……もっとも、これほどの量の魔石と、精霊を『没収』し、横流しすれば、『成果』になるだろう。

 その横流し相手が誰なのかは、言わずもがな。


 時任先生は、笑顔のまま、その声に「圧」を強めた。


「職員さん。ダイナナ重工は、自社のパートナーが得た『企業秘密』を、部外者に詮索されることを極端に嫌います。そうですよね?」

「え、ええ……」


 時任先生はスーツの男性の方を見たが、見られた方の男性はビクッとしている。


「もし、万が一。『Fランクの新人がAランクの魔石を』などと、この会議室で見たことが外部に漏洩した場合……ダイナナ重工が、役所に対し、どれほど莫大な損害賠償を請求するか」


 職員をまっすぐ見て……。


「……お分かりいただけますよね?」


 職員は顔面蒼白になり、脂汗を浮かべた。


「も、申し訳ありませんでした! 私、何も見ておりません!」


 深々と敬礼すると、職員は足早に退室していった。


「さて、と」


 時任先生が振り返ると、怯えた鑑定員がビクリと肩を震わせた。


「で、では、鑑定を始めさせていただきます……」

「よっしゃあ! これで換金できるな!」


 海斗がガッツポーズをする。


 その傍らで、蓮と航は、時任先生の完璧すぎる手際と、あの鑑定員の「怯え」の理由――そして「ダイナナ重工」という企業名が持つ意味に気づき、静かに視線を交わした。


「帰ったらピコちゃんの誕生祝いだな!」

「ぴっ♪」


 時任先生という強力すぎる「顧問」を得て、バスケ部の「溜まり場」防衛は、まず第一関門を突破したのだった。

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