第6話 ペットのドラゴンと大量の魔石
巨大なガントリークレーンが立ち並ぶエリア。
ダンジョン支部の会議室では、『タナカギャグ』の雰囲気から一転し、重い緊張感が漂っていた。
「うわぁ……ここ、光聖の配信で見たとこだ。マジで機械鳥だらけじゃん」
翼がゴクリと喉を鳴らす。
モニターには、上空を無数に旋回する鳥型の機械獣が映し出されている。
御門光聖率いる探索部が、Cランク部員の『恐怖』を引き金に全滅しかけた、Aランクダンジョンの最危険エリアの一つだ。
「刃多君、本当に気をつけて……」
「刃多、戦闘は絶対に避けろ。光聖のデータから、奴らの巡回ルートは把握している。今、スマホにマップとルートの情報を送った、確認してくれ」
栞の祈るような声に、蓮の冷静な指示が重なる。
刃多はバイクをコンテナの陰に隠し、スマホで蓮から送られた情報を確認。
徒歩で潜入を開始していた。
モニターに映る刃多は、相変わらず「カメラ目線」だ。
こちらをじっと見つめたまま、蓮から送られた情報と、自身の『異常な空間把握能力』を同期させていく。
機械鳥の群れが頭上を通過し、その索敵範囲の死角を、刃多はまるで最初からそこにいなかったかのように、音もなくすり抜けていく。
光聖が『Aランクだけで挑むべきエリア』と評した場所を、戦闘ゼロで進むその姿に、会議室のメンバーは戦慄していた。
「……フム。美しい。刃多の空間把握能力は、モンスターの『索敵範囲』そのものを認識しているかのようだね」
「ああ。これなら問題ない」
航と蓮は、静かにその成功を確信した。
そもそも、『モンスターを倒さずに進む技術』と言うのは、洞窟型では一番求められない技術だ。
とにかく、遭遇するモンスターを倒して、魔石を手に入れるのが探索者の仕事である。
いや、洞窟型なら、そもそも『避けて通ること』そのものが難しい。
全く求められない技術だが、刃多は駆使して容易く進んでいく。
やがて、刃多は巨大なクレーンの頂上部、目的の『藁の巣』にたどり着く。
「うわ、マジで藁だ。なんで機械鳥が藁の巣なんだよwww」
「理由はともかく、刃多、卵を」
翼のツッコミもそこそこに、刃多はリュックから『卵』を取り出し、そっと藁の巣の中央に置いた。
その瞬間、巣と卵が淡い光を放ち始める。
「おお!? 来たか!」
海斗が身を乗り出す。
眩い光がカメラを白く染め上げ、光が収まると、卵は静かに割れていた。
中から、白く、細い体の、小さなドラゴンが顔を出す。
「ぴっ?」
生まれたばかりのドラゴンは、不思議そうに首をかしげ、カメラをじっと見つめた。
「「か、かわいいいいい!!!」」
栞と翼は絶叫する。
「うおお! 当たりだ! 俺たちのペットだ! 名前はピコちゃんだな!」
海斗も新しい仲間の誕生に感激している。
『……ピコちゃん』
「ぴぃ……ぴぃ!」
刃多がそっと指を差し出すと、小さなドラゴン――通称『ピコちゃん』は、その指にスリスリと頬を寄せた。
「ぴっ♪」
「はぁ……かわいい……」
あまりの可愛さに、栞は机に突っ伏してしまった。
ピコちゃんは、器用に刃多のライダースーツをよじ登り、肩の上におさまった。刃多は(カメラ目線のまま)そっと指でピコちゃんの頭を撫でる。
と、その時だった。
「ぴっ!」
ピコちゃんが突然、鋭い声で鳴き、刃多の髪をぐいっと引っ張った。
『んっ』
引っ張られた勢いで、刃多は無意識に一歩後ろへ下がる。
巡回から戻ってきた機械鳥の一体が、鉄の羽を飛ばしており、刃多がさっきまで立っていた空間を、轟音と共に猛スピードで通過していった。
「危ねえ!?」
「今のはヤバかったぞ!」
翼と海斗が叫ぶ。
ピコちゃんは、刃多の肩の上で「ぴっ♪」と得意げに胸(?)を張った。
「……まさか。ピコちゃんは、モンスターの接近を『予知』あるいは『感知』できるのか?」
「素晴らしい。刃多の空間把握能力に、ピコちゃんの危険予知が加わった。まさに鬼に金棒だ。実に美しい」
蓮と航がピコちゃんの能力を分析する。
刃多は、ピコちゃんのファインプレーに感謝するように、そっと胸ポケットにピコちゃんを入れた。
ピコちゃんがちょこんと顔だけ出す姿は、反則的なまでに可愛かった。
「ふむ、どうやらピコちゃんは『精霊』のようだ」
「精霊?」
「モンスターのようだが、戦闘力はかなり低い。そして、人間に危害を加えることも出来ないが、ダンジョンの外にも出ることができる」
「じゃあ、部室に来ることも出来るのか!」
「そういうことだ」
「マジで! やったあああ!」
ピコちゃんがダンジョンの外。そして部室にも来れるとわかって、栞は大喜びだ。
★
ピコちゃんのサポートも加わり、刃多はクレーンを(再び戦闘ゼロで)安全に降りることに成功した。
刃多がバイクに戻ろうとすると、ポケットからピコちゃんが「ぴぃ!」と鳴き、特定の方向――近くの『倉庫』を前足で指した。
「お? ピコちゃんがなんか言ってるぞ」
海斗の言葉に、刃多は頷き、ピコちゃんの示す倉庫へと向かう。
倉庫の奥、コンテナの上に『鍵のかかった古びた木箱』が置かれていた。
「木箱だ! 何が入ってるんだろう」
翼が興奮する。
刃多がその木箱に近づいた、その瞬間。
天井の梁から、大型の蜘蛛型機械獣が降下し、刃多の行く手を阻んだ。
「中ボスキター!」
『ぴっ!』
海斗が叫び、ピコちゃんが『頑張れ!』と言った雰囲気で鳴く。
刃多は、相変わらずのカメラ目線で渦からブーメランを取り出す。
ケルベロスと違い、この中ボスは回避能力に特化していなかった。
刃多が放つブーメランの豪雨が、蜘蛛型機械獣の装甲を容赦なく削り取り、最後は赤いブーメランがその核を貫いた。
まさに瞬殺だった。
「よし、あとは木箱だな。……鍵は?」
「あ、ピコちゃんが!」
剛が木箱の鍵を探す中、栞が声を上げた。
ピコちゃんがポケットから飛び出し、近くの古いデスクに向かって飛んでいく。
ピコちゃんは、デスクのある「引き出し」に、コンコンと頭を当てる。
「ぴぃ!」
刃多がその引き出しを開ける。中は空っぽだ。
「ハズレかよピコちゃん!」
「ぴっ!」
翼が言うと、ピコちゃんは怒ったように鳴き、開いた引き出しの「裏側」に回った。
そして、小さな『錆びた鍵』を口にくわえて出てきた。
「うおお! ピコちゃんすげえ!」
「ナイスだピコちゃん!」
海斗と翼の賞賛を受け、ピコちゃんは得意げだ。
刃多は鍵を受け取ると、ピコちゃんの頭を優しく撫でた。
そして、その鍵を木箱に差し込む。 ……しかし、
「あ」
木箱は「錆びついて」いて、1ミリも開かない。
刃多は無言になり、鍵を握ったまま「うーんっ! うーんっ!」と(カメラ目線で)頑張り始めた。
その姿を見て、刃多の肩に戻ったピコちゃんが、
「ぴっぴっぴwww♪」
と、腹を抱えるようにして大笑いした。
「そりゃ開かねえって!」
「ピコちゃんにまで笑われてんぞ! 」
部室も爆笑に包まれる。
「……『錆落としスプレー』か。刃多、すまないが、マップの『整備棟』に向かってくれ」
蓮が疲れ切った声で指示を出す。
――十分後。
バイクで『強力錆落としスプレー』を回収してきた刃多は、再び木箱の前に立っていた。
刃多が、錆びた木箱にスプレーを「シュッシュッ」と2回振りかける。
すると、あら不思議。
頑固だった錆が瞬時に泡となって消え去り、木箱は「生まれ変わったかのように」ピカピカになった。
「錆を舐めてんのかあああっ!!」
鬱憤が爆発したかのように、栞が絶叫した。
「……気持ちはわかるが落ち着け。ダンジョンアイテムなんだろう」
剛が冷静になだめる。
刃多は、ピカピカになった木箱をあっさりと開けた。
中には――まばゆい光を放つ「大量の魔石」が、ぎっしりと詰まっていた。
「うおおおお! やったぜ! これで部費ゲットだ!」
「ああ。換金額にして……約80万。体育館代は稼げたな。第一目標、達成だ」
海斗の歓声に、蓮が安堵のため息をつく。
刃多は、肩の上のピコちゃんを指で撫でた。
ピコちゃんは「ぴっ♪」と得意げに鳴いた。
ペットと大金。ゲットである。




