第5話 ブラック企業?
霧とコンテナの廃港のダンジョンの支部にある防音会議室で、バスケ部の面々はモニターを見つめていた。
お菓子とジュースを広げ、その光景はピクニックに近い。
「蓮さん。研究所っぽいのがあった」
モニターの向こう側、レディースのライダースーツに身を包んだ刃多が、愛用のバイクにまたがったまま、古びた建物を見上げている。
刃多の視界を映す『配信魔法』のカメラが、その光景を克明に捉えていた。
「なんかありそうだな!」
「ああ。まぁ、目についたものは片っ端から挑んでいいだろう」
海斗が目を輝かせて、蓮が頷いた。
「刃多、入り口を確認してくれ」
蓮から言われて、刃多はバイクから降りてキーを抜くと、ドアに近づく。
ドアはロックされており、『カードキー』のスキャナーがある。
どこかでカードを見つけて読み込ませる必要がありそうだ。
刃多がドアを引いても動かない。
「開かないか。研究所なら……ちょっと待ってくれ」
蓮たちは、テーブルに広げた紙の地図を見る。
「うーん……刃多。スマホで地図は見れるな? 近くに『管理員詰め所』という名前の建物があるだろう。そこに向かおうか」
『わかった』
「てか、地味に遠いな。刃多はバイクを運転できるからいいけど、普通にいくとめんどくせえぞこれ」
地図を見て海斗が唸る。
そうしている間に、刃多はバイクに乗って、目的の事務所にたどり着いた。
事務所の扉は鍵がかかっておらず、そのまま入ることができる。
刃多はそのまま進み、事務室に入った。
『あ……』
内部にはデスクが並び……椅子に座ったままの、白骨死体を発見する。
「「ひいっ!?」」
翼と栞が小さな悲鳴を上げた。
「もおおっ! 文明型ってこういうのがあるからヤダなんだよ!」
「文明型は、人がいた痕跡があっても人はいない、という共通点があると聞いたことはあるが、白骨死体はあるのか。これは美しくないね」
翼が愚痴を言うと、航はやれやれと首を振った。
刃多が白骨に近づく。
といっても、刃多はずっとカメラ目線で、白骨を見てはいない。
デスクの上にはIDカードがあり、拾い上げてカメラに見せる。
名前は、『タナカ』のようだ。
「よし、管理員のカードがあれば、研究所に入れるだろう。戻ろうか」
刃多はポケットにカードを突っ込んで、事務所を出ると、バイクで研究所に向かう。
……道中、モンスターは出てくるのだが、ブーメランで見ずに討伐。
しかも、『風を纏うブーメラン』を一緒に投げて、魔石を拾って手元に戻らせる高等テクニックまで披露している。
なんというか……ものすごく余裕だ。
「あそこまでブーメランを手足のように扱えるとは……」
「パラメータの『技術』が降り切れてる感じかな。実に美しい」
剛のつぶやきに航が注釈をつけた。
バイクなのですぐに戻ってきた。
カードを研究所入り口のスキャナーに入力する。
メッセージが表示された。
『あなたは現在勤務中です。業務に関わらない施設には入れません』
会議室が、一瞬、静まり返る。
「ブフッ!!」
ただ、メッセージは衝撃的だ。
航が飲んでいた紅茶を思い切り吹き出したが、無理もない。
「ゲホッ……な、なんだこのメッセージは」
「死んでるのに勤務中!? どんだけブラックなんだこの職場!」
「タナカさん。成仏出来てねえじゃん!」
愕然とする航に対し、海斗と翼は爆笑している。
「うーん。でも、こうなると、別のカードが必要なのかな」
「いや、恐らくそうではない。退勤処理をすればいいんだ」
「ということは……刃多はもう一度、詰め所に行くのか?」
剛が苦虫を嚙み潰したような顔になった。
「そうなるな。刃多、すまないが向かってくれ」
『わかった』
刃多はポケットにカードを突っ込んで、再び詰め所へ。
何度も移動することになっているが、刃多は特に文句はないらしい。
これでバイクが無かったら刃多もキレていた可能性はあるが。
「で、詰め所についたが、入り口にそれっぽい装置はないな」
「あ、地図が壁にあるよ! そこで分かるかも!」
栞に言われて、刃多はキョロキョロ見渡すと、地図に向かって歩く。
地図を見る限り、退勤装置。という文字があるのは、地下のようだ。
「地下か……出入口の傍に階段がある。そこから降りるようだね」
「何で地下に……」
とりあえず、刃多は階段を下りて、地下に向かう。
そのまま廊下を歩いて、奥の扉を開けると……。
「な、何じゃコイツは!」
海斗が絶叫した。
そこにいたのは、三つの首がある狼型の機械だ。
全長、五メートルはありそうで、獰猛なフォルムをしている。
明らかに、『中ボス』と言った雰囲気だ。
刃多がスマホを向けると、モンスターの名前が表示される。
『無限労働狼ブラック・ケルベロス』
非常にコメントに困る名前だ。
「タナカさーん! こんなのがいたら退勤できねえよ!」
翼はゲラゲラ笑いながらツッコんだ。
「先ほどからブラックジョークが多い気がするが、そういう社風なのかな? かなり歪んだ美しさだね」
航も頬が引きつっている。
ただ、モニターに映る刃多は、相変わらずカメラ目線で、渦を出すと手を突っ込んで、ブーメランを取り出す。
「グルルル……ギギャアアアアアアア!」
ケルベロスが牙をむく。
だが……目の前にいる天使のような顔立ちの少年は、これまで、このモンスターがであって来た挑戦者とは、何もかもが違う。
次々とブーメランを投げる刃多。
二枚、五枚、十枚、二十枚。
圧倒的な物量が、曲芸のように次々とケルベロスに襲い掛かる。
「ギゥ! ギャアアアアアア!」
次々と、次々とブーメランが襲い掛かる。
「……なんか、純粋に、恐ろしい子だな」
剛のつぶやきに、会議室にいる全員が頷いた。
そろそろ締めだと思ったのか、大き目の赤いブーメランを取り出すと、魔力を流し込んでぶん投げる。
ケルベロスに決定打を与えて、魔石を残して塵となった。
「一応中ボスだが、なんか蹂躙して終わったな」
「あ。カメラ越しの分析だけど、ケルベロスの魔石の換金額。あれで一個、5万円だって」
「なぬぅ!?」
「さすがAランクダンジョンの中ボスといったところか。実に美しい報酬だ」
満足そうな様子のバスケ部の面々だが、刃多は魔石を拾ってアイテムボックスに突っ込むと、奥の装置にカードを差し込んだ。
『退勤処理が完了しました。お疲れ様でした』
一般的な電子音が流れたが……その、コメントに困る。
というわけで、地下から一階に階段で上がって、事務所を出て、再び研究所に向かう。
「めっちゃ移動が多いな。これ、退勤処理をしてから研究所に向かうべきだったよな?」
「それはそうだが、予想するのも不可能だろうね」
「めんどくさい分、報酬には期待できるぞ」
「まぁ、このめんどくささ。研究所に入っても続きそうだけどね」
「刃多君。疲れたいつでも休憩して良いからね~」
最後に栞が優しい声で言う。
刃多は頷いたが、研究所につくと、そのままカードをスキャンした。
『ようこそ、タナカ様』
重い音を立てて、自動ドアが開いた。
中に入って、刃多がきょろきょろ見渡す。
『解析室があるみたい』
「何かを解析……いや、保管している可能性もあるな。入ってみよう」
ということで、解析室のプレートがかかった扉の前に立って、スキャナーにタナカさんのカードを入力する。
『生態認証を開始してください』
「タナカさん骨だったんだけど!?」
「落ち着け翼。えーと……その反対側の扉が事務室だろう。使える端末が何かないか調べよう」
蓮に言われて、刃多は事務室に入る。
死体もない事務室で、PCが一台、使えそうだ。
刃多は起動して、端末にタナカのカードを入力してログインする。
「ふーむ……アクセスできるファイルは、『作業日誌』か。資神歴490年となっているが、今が何年かわからないな」
「とりあえず開いてみようぜ」
刃多はクリックした。
『スズキへ。この生態認証システム、俺の指紋が全然通らん。経費で交換申請しろとあれほど言ったのに。 仕方ないから、緊急時用に俺の『予備サンプル』を『標本室』の冷蔵庫に入れておいた。 冷蔵庫のパスは、俺たちの『最初のプロジェクトコード(5桁)』だ。忘れたとは言わせんぞ。 ――タナカ』
「かなり前から、勤怠も認証もガバガバじゃないか。実に美しくない」
「って、プロジェクトコード5桁!? それがないとサンプルが手に入らないって、どうすんだよ」
「タナカさんの私物がある場所に行くしかない」
「要するに?」
「……さっきの詰め所に行こうか。刃多。すまない」
『むー……むっ!』
カメラにグッドサインを出す刃多。
どうやら大丈夫らしい。
ということで、再びバイクで詰め所に向かう。
たどり着くと、白骨死体が置かれたデスクの引き出しを開けると、ボロボロの手帳が出てきた。
「大丈夫かコレ、触っただけで破けそうじゃね?」
「いや、問題ないだろう」
刃多はボロボロの手帳を開く。
『……めっちゃ頑丈。紙が破ける気配もない』
試しにグッグッ……と力を入れてみたが、破ける気配はない。
「どういう構造なんだ?」
「ギミックに関わるものは、そもそも破壊できない物質で出来ているらしい。ただ、一切の解析を受け付けないから再現は不可能だ」
「ほー……なんか、ゲームっぽいなぁ」
会議室でそんなことを話している間に、刃多がとある文章を発見。
『あのクソみたいな実験以来、全てが変わった。最初の理想を忘れない。【85104】』
「それだ。刃多、標本室に向かおう」
再度Uターン。
研究所までバイクを走らせて。エントランスの壁に張り出された地図を見る。
標本室の位置を確認して、扉を開けた。
「解析室の扉はロックされてるのに、冷蔵庫はロックされていても、標本室そのものにはロックされていない……どういう管理だ?」
「さぁ……」
ロックされている冷蔵庫がいくつかあり、それらに『85104』を片っ端から入力する。
一つが、開いた。
冷蔵庫を開けると……試験管があった。
中にはドス黒い液体が入っている。
「うわっ! な、何年も前の血液サンプル!? ゾンビパニックものじゃねえんだぞ!」
「ただ、これがあれば、解析室に入れるはずだ」
というわけで、刃多はサンプルを回収。
そのまま、解析室の認証パネルに、サンプルを近づける。
『生態認証……成功。タナカ様(認証済)。解析室のロックを解除します……ガガッ……電力不足。電力不足。セーフティモード移行』
扉は開かない。
「んだよ! あと一歩じゃねえか!」
「所内の電力が足りていないのか。刃多、配電室を探してくれ」
海斗が叫び、蓮が指示を出す。
配電室のシステム表示には、非情なメッセージが浮かび上がっていた。
『警告:フロア清掃未完了のため、高出力機器への電力供給を停止中。清掃ロボットを起動してください。』
さすがの刃多もコケそうになった。
かわいい。
刃多が床に転がっていた円盤の清掃ロボットに近づいて、電源ボタンを押した。
『バッテリーガアリマセン。ジュウデンステーションニモドシテクダサイ』
「充電ステーション? そんなのあったか?」
「ああ、あった……刃多、悪いが『管理員詰め所』の地下だ」
蓮の疲れが混じった声に、刃多は無言で研究所を出て、バイクに乗り、詰め所に向かう。
……道中、やはりというかモンスターが襲撃してくるが、それを討伐する刃多の動きは作業感が強くなっている。
「草を刈るような感覚でモンスターを倒してるな」
「さすがに見ていて楽しくないぜ……」
剛のつぶやきに海斗が頬を引きつらせる。
詰め所に到着し、地下に入ったが、あのケルベロスは出てこなかった。
一度倒したら出てこなくなるのか、何かしらの条件で再出現するのか、いずれにせよ、刃多はキョロキョロ見渡して、充電ステーションを発見。
地下でロボを充電し、バイクでロボを研究所に運搬する。
当然、研究所に入るときは、タナカさんのカードだ。
研究所でロボを起動すると、ウィーン、と床掃除を始める。
「……ふあぁ」
欠伸する刃多。
かわいい。そして全て記録されている。
「むにゅ……ん?」
やがて清掃完了のチャイムが鳴り、電力供給が再開された。
刃多が解析室の扉の前に立つ。
『ようこそ、タナカ様。』
今度こそ、扉は開いた。
「タナカさん! あんた最高にめんどくさかったぜ!!」
翼の叫びが会議室に響く。
解析室の中央には、ガラスケースが置かれ、中には一つの「卵」が鎮座していた。
そばには一枚のメモ。
『あの厄介な鳥から奪ったのはいいが、どうしたものか……』
刃多はケースを開けると、その卵をそっと両手で抱きかかえた。
部室から『よっしゃああ!』という歓声が上がる。
「……『あの厄介な鳥』」
蓮が、メガネのブリッジを押し上げながら呟いた。
「そういえば、光聖の配信で、クレーンの上に『巣』があったって言ってたよな。実際に確認したら『藁の巣』だったよ。ただ……機械鳥なのに『藁の巣』って、おかしくね?」
「そうだ。この卵、あそこで孵化させる必要があるのかもしれない」
蓮の言葉に、部員たちの視線がモニターに集中する。
次の目的地は、光聖たち探索部が全滅しかけた、あのクレーン地帯。
刃多は、抱えた卵を愛おしそうに一度見つめると、静かに頷いた。




