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第32話 泣きっ面をボッコボコ

 ブォオオオオオン!


 Aランクダンジョン『黄昏の環状都市』。


 わたるによる『掃除』から逃げ出したハウンドレッドの残党たちは、ターゲットを巨大なバスから、その横を走る一台のバイクに変更していた。


 彼らは無理やりブーストを吹かし、刃多じんたの両サイドに並ぶ。


「死ねオラァ!」


 ヒャッハーな叫び声と共に、男たちがチェーンや鉄パイプを振り回した。

 古典的だが、高速走行中においては致命的な攻撃だ。


 だが、刃多はハンドルを片手で握ったまま、バックミラーすら見ようとしない。

 ただ、カメラ(仲間たち)を見つめたまま、もう片方の手を背中に回した。


「……邪魔」


 取り出したのは、黒い鉄塊。

 『トランス・ブーメラン』。


 カシャッ!


 展開音が響く。

 遠心力で巨大化したハンマーヘッドを、刃多は事もなげに――真横に振るった。


「は……?」


 並走していた男が、目の前に迫る鉄塊を見て凍り付く。


 ドォン!!


 鈍い音が、風切り音を裂いて響いた。

 右側を走っていたバイクのフロントカウルが、アバターごと粉砕される。


 だが、攻撃は終わらない。

 刃多は、その反動(回転)を利用し、今度は左側へとハンマーを振り抜いた。


 ガシャアンッ!


 左側のバイクのヘルメットを強打。

 二台のバイクは制御を失い、独楽こまのように弾き飛ばされ、後続の装甲車に突っ込んで爆散した。


「バイクに乗りながらハンマー振り回すとか、どんなバランス感覚してんだよ! てか遠慮がねぇ!」


 バスの窓から見ていた海斗かいとが、腹を抱えて笑う。


 走行中のバイクの上で、体重移動だけで衝撃を殺し、姿勢を維持する。

 Sランクの空間把握能力と身体操作があって初めて成立する、曲芸のような戦闘スタイルだ。


「ええい、体当たりだ! 前を塞げ!」


 バイク部隊の全滅を見たリーダーが絶叫する。

 残った装甲車三台が、連携して加速した。


 一台が刃多の前に入り込み、急減速。

 左右を別車が固め、後方からはリーダー車が迫る。


 『箱詰め《ボックス》』。


 レースームなどでも使われる、完全な包囲陣形だ。


「逃げ場はねえぞ! 潰れろォ!!」


 リーダーがアクセルを踏み込み、幅寄せを仕掛ける。

 前後左右、鉄の壁が迫る。


 だが、刃多の表情に焦りはない。

 彼は、コンソールにある、赤いカバーのついたスイッチに指をかけた。


 キュィィィン……。


 車体に取り付けられた『空間跳躍機動ユニット』が、高周波音を立てて光を放つ。


 刃多は、カメラに向かって小さく呟いた。


「……飛ぶ」


 スイッチを押す。


 シュンッ!


 音が消えた。

 衝突の瞬間、刃多のバイクが、蜃気楼のように掻き消える。


「なっ!?」


 標的を失った装甲車たちは、止まることができなかった。

 左右の車が中央で激突し、前の車に追突する。


 ガシャアアアアン!!


 派手な火花が散り、金属がひしゃげる音が響く。


「え!? 消え……どこだ!?」


 急ブレーキをかけたリーダーが、周囲を見回す。

 前後左右、どこにもいない。


『ぴぃー!』


 声がしたのは、上だった。


「は……?」


 リーダーが、サンルーフ越しに空を見上げる。

 そこに、影があった。


 刃多が現れたのは、敵車列の遥か上空。

 ワープの慣性を利用し、ハイウェイの高架道路よりもさらに高い位置へと跳躍していたのだ。


 夕日を背に、バイクが落下してくる。

 その手には、最大展開されたトランス・ブーメランが握られている。


 重力に従って加速する、鉄の塊。


「嘘だろ……おま……」


 リーダーの呟きは、最後まで続かなかった。


 ズドォォォォォン!!


 メテオのような着地。

 ハンマーの一撃が、リーダー車の屋根ルーフを直撃した。


 ヒメノテクノロジーが誇る最新装甲車の屋根が、まるで紙屑のようにひしゃげる。

 タイヤがバーストし、シャシーが地面に擦り付けられて火花を上げた。


 刃多は、潰れた車を踏み台にして、再びジャンプ。

 着地と同時にアクセルを全開にする。


 背後で爆発するスクラップを置き去りに、刃多は一度も振り返ることなく、悠々と走り去っていった。


 ★


 ハイウェイには、黒煙と残骸だけが残された。


 彼らに残ったのは、怪我と、そして凜華りんかへの返済不可能な借金だけだ。


 しばらくして、装甲バスが追いついてきた。

 横に並び、窓が開く。


「見事な手際だ。ワープの座標計算、完璧だったぞ」


 つよしが、運転席から親指を立てる。


「ああ。ダイナナ重工が泣いて喜ぶ実戦データが取れたな。空間跳躍の実用性が証明された」


 れんも、手元の端末でデータを保存しながら満足げだ。


「フム。消えて、現れて、破壊する。手品を見ているようで美しかったよ」


 航は、新しい紅茶を淹れ直していた。


『ぴぃ!』


 刃多の胸元で、ピコちゃんが得意げに鳴く。


「……ん」


 刃多は小さく頷いた。

 障害物は消えた。

 一行は、環状都市のさらに奥――『クロノミナル財団』の施設があるエリアへと進んでいく。


「そういえば、アイツらバイクと装甲車。金かかってんのかな」


 海斗がぽつりと言った。


「だろうな。剛が言うには、ヒメノテクノロジーが開発する『最新式』の試作機だ。おそらく……」

「おそらく?」

「装甲車一台で一億円。バイク一台で2000万といったところだろう」

「なぬ!?」

「装甲車八台とバイク五台……合わせて9億円といったところか。ヒメノテクノロジーの誰が関わっているのかは不明だが」

「フフッ、蓮先輩。不明と言う顔をしていないが?」

「……どうかな」


 蓮は今回のハウンドレッドの襲撃で、ある程度、推測している。


 今回の襲撃の黒幕は、『姫野凜華』だと。


 ヒメノテクノロジーの社長令嬢であり、『探索部』においては部長である光聖の交際相手だ。


 これまでも、ハウンドレッドの動きには、『特定の目的』があることは察していた。


 ただ……姫野凜華なら、探索部の文明型ダンジョンデビューのために使うと言って、開発している場所から持ち出すことが可能。

 それを極秘ピットでジャンク品の外見に改造した。といったところか。

 作戦が終われば、改造を元に戻して、探索部で使うことになる。


 そう考えられる最大の根拠は、『ヒメノテクノロジーで大規模な強盗が発生したという報道』が全く出てこないことだ。


 今もパソコンで検索しているが、全く出てこない。

 となると、あの装甲車やバイクは、盗品ではないということになる。


 とはいえ、ここまでなら、『車両を用意したのは、ヒメノテクノロジーの中でも重要なポジション』というだけで、姫野凜華と言う個人にはならない。


 もちろん、まだ判断材料はある。


「……剛、一応聞いておくが、彼らのマシンの速度は、最高速度だと思うか?」

「……いや、思わないな。かなりリミッターがかかっていた」

「え? 暴走族みたいな動きしてたのに、リミッターがかかってたのか?」

「性能が最新式だから、リミッターの範囲内でもそういう動きができるというだけだ。パフォーマンスに使うこともあるだろうからな。ともかく、判断材料は増えた」


 蓮が推測しているのは、『安全装置があのマシンたちにかかっていた』と言う点だ。


 これを解除できていないという時点で、セキュリティも組まれてかなりの安全設計となっている。


 明らかに学生に渡すような仕様であり、それはそのまま、『探索部で使うから』と言う理由で持ち出されたことにつながる。

 まぁ、『確定』と言うよりは、『推理が補強された』と言った程度だが。


(しかし……学生に暗部の運用は早すぎる。おそらく持っていないだろう)


 今回の襲撃は明らかにバスケ部を狙ったものだが、『装備の性能』で誰もが安全に探索できる風潮を作りたいヒメノテクノロジーにとって、天崎刃多と言う存在は、あまりにもイレギュラーだ。


 個人の才覚や資質によって圧倒的な実力を持つ。

 それはヒメノテクノロジーにとって邪魔ものでしかない。


 ただ、そういった連中をどうしても処分したいという思いがあったとして、普通なら、もっと質の良い暗部を使うはずだ。


 ヒメノテクノロジーは大企業であり、確かな裏の人材がいるはず。


 だが、ハウンドレッドと言う、『三年前に潰れた犬っころ』を手足として使っている時点で、『上層部』とは思えない。


(正式な手続きを得つつ、裏で横流ししている。加工するための極秘ピットを確保し、確かな権限がありながら、『上層部そのものではない』……社長令嬢、まだ高校二年生の凜華が、個人的には怪しくなる)


 蓮はため息をついた。


「どうした? 蓮」

「いや別に……質の悪い駄犬を使わなきゃならないお嬢様に、少し、同情しただけだ」


 9億円の損害。


 さて、どうするのやら。

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