第31話 ハイウェイで『バスケ部』VS『ハウンドレッド』
Aランクダンジョン『黄昏の環状都市』。
終わりなき夕暮れに染まったハイウェイを、一台の巨大なバスが爆走していた。
『多目的装甲バス』
かつてクロノミナル財団が開発した、移動要塞と呼ぶにふさわしい巨躯。
だが、その車内は、戦場とは思えないほど優雅な空気に満ちていた。
「はい、航君。とっておきの茶葉だよ」
「ありがとう。……フム。流れる夕日と琥珀色の紅茶。実に優雅で美しい時間だ」
サロン仕様の後部座席で、航がティーカップを傾ける。
剛の完璧なドライビングテクニックと、財団製の超高性能サスペンションのおかげで、車内は微動だにしない。
「うおお! すげえスピード感! 剛、もっと飛ばせ!」
「前を見ろ海斗。刃多が楽しそうだぞ」
海斗と翼は、窓の外で並走する刃多に手を振って遊んでいる。
刃多も、新車『モト・チェイサー』の性能にご満悦の様子で、小さく手を振り返した。
平和なドライブ。
だが、その静寂は、無粋な電子音によって破られた。
「……後方より接近多数。速度180km/hオーバー」
栞から借りた『戦術指揮端末』を見ていた蓮が、警告を発する。
「一般車両の挙動じゃない。……来たぞ」
翼がバックミラーを覗き込む。
そこには、トゲ付きバンパーや鉄板で装甲を増設した、世紀末映画さながらの改造車集団が映っていた。
「うわっ、なんだあのボロ車! ゴミ集めて作ったんじゃねえの!?」
「……いや、違う。騙されるな」
ハンドルを握る剛の目が、鋭く細められる。
「あの加速時の沈み込み……そして、高回転域でも静かすぎる排気音。あれはジャンクじゃない。フレームとエンジンは『ヒメノテクノロジー』の最新試作機だ」
「なるほど。型落ちの横流しどころか、『最新鋭』を『偽装』してまで貸し与えた黒幕がいるということか」
蓮が冷ややかに呟く。
姫野凜華。彼女の焦りと殺意が透けて見えるようだ。
「オラァ! デカブツが邪魔なんだよ! 退けぇ!!」
先頭の装甲車が、バスの側面に強引に幅寄せしてくる。
狙いは刃多だが、その前に立ちはだかる巨大なバスを排除しようというのだ。
ドガンッ!!
激しい衝撃音。
剛が即座にハンドルを切って衝撃を逃がすが、さすがに車体が大きく揺れた。
その反動で。
航が口に運ぼうとしていたティーカップの中身が跳ね、ソーサーと、彼の制服の袖に数滴、紅茶がこぼれた。
「……」
航の動きが止まる。
美しい所作が、台無しにされた。
「……ああ。私のティータイムが……汚された」
その表情から笑みが消え、絶対零度の冷徹さが宿る。
彼は静かにカップを置くと、立ち上がった。
「蓮先輩。足場を開放してくれ。……掃除の時間だ」
「……了解だ。剛、戦闘モード移行! 甲板展開!」
蓮がコンソールのスイッチを入れる。
瞬間、バスの車体が変形した。
ウィィィィン……ガション!
屋根や側面から、格納されていた手すり付きの足場や、固定用のマグネットパネルが展開される。
『車上戦闘用デッキシステム』。
走行中でも探索者が安全に立ち回り、迎撃するためにクロノミナル財団が設計した、オーバーテクノロジーの結晶だ。
……要するに、クロノミナル財団は、『移動中もすっごく狙われる組織』ということになるのだが、蓮はそれを思考の隅に追いやることにした。
「な、なんだあれ!?」
変形するバスに、ハウンドレッドたちが驚愕する。
その隙に、航は窓からするりと外へ出た。
風圧は関係ない。
財団製の『防風フィールド』が、デッキ上の彼を守っている。
航は、屋根の上に優雅に立った。
その手には、ダイナナ重工から持ち出した『単分子振動刀』が二振り、握られている。
「美しくないノイズだ。消え失せたまえ」
航が、無造作に剣を振るう。
刀身が届く距離ではない。
だが、魔力を纏った刃から、カマイタチのような『飛ぶ斬撃』が放たれた。
ズバッ!
空気が裂ける音。
直後、離れた位置にいた敵車のタイヤとボンネットが、紙のように切り裂かれた。
「なっ……!?」
制御を失った車がスピンし、後続車を巻き込んでクラッシュする。
「ちっ、囲め! 乗り移れ!」
敵のバイク部隊が、バスの側面に接近し、デッキに飛び乗ろうとする。
だが、そこは航の独壇場だ。
彼はデッキの足場を利用し、舞うように移動する。
すれ違いざまに一閃。
超高速振動する刃が、敵のアバターごとバイクのフロントフォークを両断した。
「近~中距離において、私の間合いに死角はない」
バスに近づくことさえ許されない。
航一人によって、ハウンドレッドの車列は壊滅状態に追い込まれていく。
「ば、バケモンかあいつは!」
リーダーが悲鳴を上げる。
最新鋭のヒメノ製マシンを使っても、まるで歯が立たない。
「バスはダメだ! バイクだ! あっちの『バイク女』を狙え! あっちなら一人だ!」
彼らはターゲットを変更した。
手ごわい「動く要塞」ではなく、横を走っている「孤立したバイク」へ。
殺気立った数台の車両が、刃多へと向かう。
刃多は、自分に向かってくる残党を見て、少しだけ速度を落とした。
カメラ目線のまま、つぶやく。
「……邪魔」
その手には、いつの間にか『トランス・ブーメラン』が握られていた。
航にボコボコにされた残党たちが逃げた先には、もっとヤバイ奴が待ち構えていた。




