第30話【幕間】 ハウンドレッド車両獲得、バスケ部装備獲得。
Aランクダンジョン『霧とコンテナの廃港』、入り口付近。
数日が経過していた。
かつて『ハウンドレッド』の名で恐れられたアバター狩りの残党たちは、交代で24時間体制の張り込みを続けていた。
だが、獲物は現れない。
「……来ねえぞ。どうなってんだ」
リーダー格の男が、吸い終わった煙草(のような嗜好品)を地面に叩きつけ、靴底でグリグリと踏み消した。
苛立ちが限界に達していた。
「あのバイク女、ビビって逃げたんじゃねえのか? それとも別のダンジョンに行ったか?」
「他の入り口も見張ってますが、バイクの反応はありません。完全に空振りです」
部下の報告に、リーダーは舌打ちをする。
彼らの脳裏をよぎるのは、あの冷酷な「女王」――姫野凜華の笑顔と、「借金」の二文字だ。
成果なしで戻れば、待っているのは社会的抹殺だ。
その時、リーダーの端末が震えた。
表示された名前を見て、男の顔が引きつる。
『スポンサー様』からの着信だ。
「……は、はい!」
『無能ね。まだ廃港にいるの?』
スピーカーから響く凜華の声は、絶対零度のように冷たい。
『あいつは来ないわよ。廃港はもういいわ。撤収なさい』
「て、撤収!? じゃあ借金はどうなるんだ!」
『場所を変えるのよ。……少しは頭を使いなさい』
凜華は、呆れたように告げた。
『あいつは「Fランク」のくせに、Aランクダンジョンでバイクを乗り回すような「走り屋」よ。廃港のような狭い場所で満足するはずがない』
「……あ?」
『バイク乗りが目指す聖地といえば、一つしかないでしょう?』
凜華は地図データを送信してきた。
そこに示されていたのは、ここから数十キロ離れた別のダンジョン。
『文明型・黄昏の環状都市。全域が高速道路のダンジョンよ』
「……環状都市、だと?」
『あいつが調子に乗って目指すなら、そこしかないわ。先回りして、確実に仕留めなさい』
リーダーは言葉に詰まった。
言われてみれば、確かにそうだ。あのイカれたバイク野郎なら、もっと広い道を欲しがるだろう。
だが、問題がある。
「む、無理だ! 環状都市だぞ!? あそこは『車両』がないとまともに動けねえ! 俺たちは徒歩装備しか……」
『あら、そう?』
凜華の声色が、少しだけ弾んだ。
罠にかかった獲物をあざ笑うような響き。
『じゃあ、「貸して」あげるわ』
数時間後。
指定された倉庫に向かった残党たちは、そこに並べられた「車両」を見て息を呑んだ。
トゲ付きのバンパー、錆びついた装甲、剥き出しのエンジン。
まるで世紀末映画から飛び出してきたかのような、改造車や武装バイクの数々。
「こ、これは……」
「外見はジャンクに偽装しているけれど、中身は『ヒメノテクノロジー』の最新試作機よ。性能だけは保証するわ」
凜華は、さも親切そうに言った。
『これは「追加融資」よ。……金利は弾んでおいたわ』
ドン、と請求書データが送られてくる。
その桁数を見て、リーダーは目の前が真っ暗になった。
『次こそ失敗は許されないわ。私の車で、あのバイク女を確実に轢き殺してきなさい』
通話が切れる。
残党たちは、無言で改造車に乗り込んだ。
その目は、もはや「獲物を狩る目」ではない。「狩らなければ自分が死ぬ」という、追い詰められた獣の目だった。
「……やるぞ。あの女をぶっ殺して、借金をチャラにするんだ」
エンジン音が轟く。
ヒメノ製の最新エンジンが、下品な改造マフラーを通して咆哮を上げた。
彼らが追う先に、『動く要塞』が待ち構えているとも知らずに、猟犬たちは死の行軍を開始した。
★
――時は少し遡り、刃多が、バスを手に入れた直後。
ダイナナ重工、特殊装備保管庫。
そこは、開発部においては「墓場」と呼ばれている場所だ。
性能を追求しすぎた結果、コスト、操作性、あるいは倫理的な問題でボツになった「試作品」が眠る場所。
この倉庫の管理を任されている開発主任の男は、目の前の光景に頭を抱えていた。
「……本当に、これを持っていくのですか?」
主任の目の前には、時任先生に連れられた、翠星高校の生徒たち――バスケ部の面々がいた。
彼らは、埃をかぶった「問題児」たちを、まるでオモチャ屋に来た子供のように物色していた。
「うおお! なんだこれ! 剣っつーか鉄骨じゃん!」
赤髪の少年、海斗が手に取ったのは、身の丈ほどもある巨大な大剣だった。
刀身には、杭打ち機が埋め込まれている。
「『爆砕大剣』……斬撃と同時に火薬カートリッジを炸裂させ、杭を打ち込む武装ですが……」
主任は説明しつつ、内心で首を振る。
(重すぎてまともに触れない上に、反動で肩が外れる欠陥品だ。高校生に扱える代物じゃ……)
「最高じゃねえか! ロマンの塊だぜ! これにする!」
海斗は、その鉄塊を軽々と振り回し、ニカっと笑った。
(……軽々と!?)
「すみません、この槍のOS、書き換えてもいいですか?」
次に声をかけてきたのは、眼鏡をかけた知的な少年、蓮だ。
彼が持っているのは『解析長槍』。
「ええ、構いませんが……そのUIは開発者ですら匙を投げた複雑さで……」
「情報の可視化は戦術の基本ですからね。……ふむ、カーネルからいじれば、直感的な操作系に落とし込めるか」
蓮は端末を取り出し、凄まじい速度でコードを打ち込み始めた。
画面上のエラーログが、次々と「正常」に書き換わっていく。
(……開発部の連中が三か月かかって断念した制御系を、今、数分で?)
「俺はこれだな」
巨漢の少年、剛が選んだのは、もはや歩兵用装備ですらない『重装甲殻』だった。
バスの装甲板を切り出したような巨大な盾。
「俺の仕事は運転だ。このバスに傷一つ付けさせん」
(……いや、それは車両用増加装甲の試作品であって、人間が装備するものじゃないのだが……なぜ装着できている?)
「へっへっへ! 撃ちまくればどっかに当たるだろ! 楽しいからヨシ!」
翼という少年は、『跳弾双銃』を二丁構えてポーズを取っている。
それは、どこに飛ぶか計算不能なため、味方を撃つリスクが高すぎて封印された銃だ。
(……彼らには「味方への誤射」という概念がないのか?)
「フム。抵抗なく分断される物質の断面……実に美しい」
長髪の少年、航は、『単分子振動刀』を抜き放ち、うっとりと見つめている。
(……頼むから鞘に収めるときに指を落とさないでくれよ。それは鞘ごと切ってしまう事故が多発した危険物なんだ)
「みんなの体調管理はマネージャーの仕事だからね! ……あ、あとこれ、動画編集ソフトも入ってる! 最高!」
紅一点の少女、栞は、『戦術指揮端末』を抱きしめている。
それは一個師団を指揮するための軍用端末だが、彼女にとっては「高機能なビデオカメラ」らしい。
「……ははっ」
主任は、乾いた笑いを漏らすしかなかった。
ダイナナ重工が誇る技術者たちが、「尖りすぎて使い物にならない」と封印した兵器たち。
それを、この子供たちは、まるで自分たちのためにあつらえられた道具であるかのように、次々と「採用」していく。
「お会計は、社長にツケておいてください」
時任先生が、涼しい顔で言った。
「彼らが、君たちの『失敗作』に、新たな命を吹き込んでくれるはずですよ」
生徒たちは、戦利品を抱えて、嬉しそうに帰っていく。
その背中を見送りながら、主任は震える手で端末を取り出し、社長室への報告書を作成し始めた。
送信したメッセージは、一言だけ。
『適合者たちを発見しました』
ダイナナ重工の「プロ仕様」が、バスケ部の「Sランクの遊び」と融合した瞬間だった。




