第3話【理事会SIDE】 大人の事情
翠星高校・理事長室。
重厚なマホガニーのデスク、威圧的な革張りの椅子。
壁には御門家の先人である『教育者』たちの肖像画が並び、古めかしく、息が詰まるような空間だ。
制服姿の御門光聖が重い扉を開けて入室すると、すでに理事たちは揃っていた。
豪華な椅子にふんぞり返る理事長、御門良善と、光聖の叔父や大叔父にあたる御門家の親戚筋。
彼らは、非難めいた目で光聖を黙って見ている。
理事長のデスクの上には、昨日の「放送事故」に関する資料。
炎上をまとめたSNSのスクリーンショット、スポンサーからの抗議文、そして想定収益との損失リストが置かれていた。
光聖が直立不動で待つ中、一人の理事が口火を切った。
「光聖君! Aランク攻略と大々的に告知しておいて、結果は『放送事故』とは何事だ! 『ヒメノテクノロジー』への示しがつかん!」
「まったくだ!」
と、別の理事が続く。
「あの配信で見込んでいた収益が吹き飛んだ! Cランクの装備を回収したから『損失ゼロ』? 馬鹿を言え! 稼げるはずだった『見込み利益』を逃したのだ! これは重大な『損害』だ!」
「いや、問題はそこではない!」
さらに別の、教育論者然とした理事が声を荒らげる。
「『平均値の底上げ』というプロジェクトの理念において、生徒を4人も『脱落』させた! 引率者としての『指導力不足』だ!」
次々と飛んでくる光聖への非難。
企画を立てて、しかもその内容を光聖と相談することすらせず、勝手に告知したのは彼らの方だ。
その上で、彼らは、『光聖が悪い』と口にする。
……よくある話だ。
現場の自己責任。という言葉を使いながらも権限を与えず、成功したら上の手柄、失敗したら現場の責任。
本当に、よくある話だ。
(……まただ)
光聖は内心で吐き捨てる。
(金か、世間体か、教育理念か。誰も本質を見ていない。本当に憂慮すべきは、そんな『表層』の話ではない)
光聖は、昨日パニックを起こし、真っ先に逃げ出した生徒の「恐怖に歪んだ目」を思い出す。
「……理事の方々はご存じないでしょうが、Aランクのモンスターが放つ『殺気』と『恐怖』は、Cランクの生徒が耐えられる精神的負荷を遥かに超えています。彼らの『心』を守るためには、撤退以外の選択肢は……」
その言葉を、理事長、御門良善が遮った。
椅子にふんぞり返ったまま、心底馬鹿にしたように鼻で笑う。
「精神的負荷だと? 軟弱な!」
理事長は、理解できないという顔で光聖を睨む。
「アバターで守られているというのに、何が怖いというのだ! それこそ『教育』で克服すべき『弱さ』だろう!」
(……この人は、何もわかっていない)
光聖は絶望的な断絶を感じる。
(ダンジョンに入ったことも、入る気もないくせに。『恐怖』こそがこのプロジェクトの『本質』であり、それをケアするために『引率』が必須だというのに……!)
理事長は、自分の功績を汚されたことへの苛立ちを隠さずに続ける。
「そもそも、お前ほどの才能がありながら、なぜフリーで活動せず、この『翠星高校』で動いているか忘れたか! お前は『教育家系』に生まれたイレギュラーだが、お前の活躍は『教育の成果』として世に示さねば、我々の功績にならんのだよ!」
実の父親の言い分に対し、思うところはある。
だが、この場で父に逆らうという選択肢は、彼にはない。
「……申し訳ありません。俺の力不足です」
光聖が頭を下げると、理事長は満足げに頷いた。
「……ふん。その通りだ。今回の『失敗』は、全て引率者であるお前の責任だ。私の計画に不備はなかった」
(……控えめに言って最悪。普通に言えば……『不可能』だ)
光聖は奥歯を噛む。
(部下の成功は自分の手柄、部下の失敗はそいつの責任。失敗を全て俺に押し付け、何の解決策も示さず、同じ無謀な作戦を繰り返せと命令している……!)
「『霧とコンテナの廃港』第二次攻略は、可及的速やかに行う」
理事長は、決定事項として通告する。
「次は、この私に恥をかかせるな。Aランクダンジョン程度、お前ほどの『天才』なら、Cランク4人を守りながらクリアできて当然だ。……いいな?」
光聖は、ただ黙って頷くことしかできなかった。
★
その頃。
部活棟の一室。理事長室とは対照的な、雑然としているが活気のあるバスケ部部室。
天崎刃多、黒川海斗、山城剛、七瀬栞の四人は、刃多の探索用具の買い出しで不在だ。
残った佐竹翼が、スマホで何かの動画を大音量で再生している。
「うわー、マジか! 御門光聖の配信、大炎上じゃん! Cランク4人ロストって、『王子様、無能』『AIみたいで退屈』とかボロクソ言われてんぞ!」
「フム……」
ソファで優雅に紅茶を飲んでいた岸航が応じる。
「『平均値の底上げ』という教育理念と、『Aランク攻略』という派手な成果。二兎を追おうとして、どちらの美しさも損ねた結果だ。実に醜悪だね」
二人の会話をよそに、相田蓮は、翼のスマホではなく、部室のPCモニターで配信の「元データ」を食い入るように見ている。
メガネのブリッジを押し上げて……。
「……いや。光聖は強い。Cランク4人分の装備とアイテムを、あの群れの中で全回収して撤退している。Aランク……天才の肩書は伊達じゃない」
「え、じゃあ何で失敗したんだ?」
翼が素朴な疑問を口にする。
「……簡単だ」
蓮はPCの電源を落としながら答えた。
「光聖の『教科書』には、パニックの対処法が載っていなかった。Cランクの生徒たちは、Aランクの『殺気』に耐えられなかった。彼らは『恐怖』でパニックを起こしたんだ」
蓮の分析に、航は微笑む。
「やはり、私たちの読み通りだったようだね。蓮」
蓮が満足げに頷く。
「ああ。プロジェクトの本質は『恐怖』の克服だ。だが、理事会や光聖がやろうとしている『教育』や『精神論』では、本質的な恐怖は克服できない」
「え、じゃあどうすんのさ?」
蓮は立ち上がった。
「だから『遊び』なんだ。刃多の『異常な空間把握能力』と、僕たちの『サポート』、そして何より……」
蓮は、買い出しに行った仲間たちのことを思う。
「海斗がこの話に『ノって』いる」
翼と航は首をかしげる。
おそらく、蓮しかしらない『何か』がある。
海斗の直感を、判断材料として良い。そう思わせるだけの何かがある。
翼はニヤッと笑った。
「なんかよく分かんないけど、すげー面白そうじゃん! あいつらの買い出し、まだかな!」
翼の楽しそうな声が、混沌とした部室に響いた。




