第28話 大人たち
ダイナナ重工、本社役員会議室。
日本の魔導工学の最先端をひた走る「プロ仕様」の牙城は、今、異様な熱気に包まれていた。
重厚な円卓の上に並べられたのは、バスケ部から届けられた「戦利品」の数々。
『高純度魔石(Sランク級)』の山。
『王室用・最高級精霊フード』のパッケージ。
そして、『10,000 Clock』のチャージ済みブラックカード。
だが、技術顧問の手が震えている理由は、それらではない。
中央に鎮座する、一つの機械パーツだ。
『試作型・空間跳躍機動ユニット』
「……あり得ません」
顧問が、絞り出すような声で言った。
「このユニットの構造……現代の魔導工学を数世紀飛ばしています。『空間跳躍』の理論そのものが実装されている……! 国が傾くレベルのオーパーツですよ、これは!」
役員たちがどよめく。
これを、あの高校生たちが、「遊び」のついでに持ち帰ったというのか。
そして、モニターに映し出されているのは、バスケ部から送られてきた『探索記録映像』だ。
第七実験区画での激闘。
刃多が放った『蝗害の終焉頁』。
そして、プロトクローンが最期に残した言葉。
『……なるほど、異母兄妹の連携というわけか』
その言葉の意味を理解した瞬間、会議室は水を打ったように静まり返った。
「……まさか、とは思っていましたが」
専務が額の汗を拭う。
「天崎刃多。彼が『第七感』の持ち主であることは疑いようもありませんでしたが……その血筋までもが、『規格外』でしたか」
精霊王グラトニアの血を引く少年。
彼らが追い求めてきた「人の可能性」の答えが、そこにあった。
「本来なら、母親である天崎夢子氏に接触し、事情を聴くべき案件ですが……」
広報担当の役員が、一枚のメモを読み上げる。
バスケ部からの『伝言』だ。
『親父のことは、最深部にいるグーちゃんに会いに行って、そこで全部直接聞くことにした。だから余計な手出しは無用』
あまりにも、子供じみた伝言。
合理性を考えれば、母親に電話一本入れれば済む話だ。
だが。
「……くっ、くくく!」
社長が、堪えきれずに笑い声を上げた。
「齢十六と十七の探索者がリアリストになるなど、鼻で笑われる行為だ。そう思わんか?」
社長は、楽しそうに役員たちを見回す。
「未知に挑み、自分の足で真実を確かめに行く。それこそが『冒険』だ。我々が若い頃、泥にまみれてダンジョンに潜っていた時の熱狂を思い出せ」
その言葉に、強面の役員たちの表情が緩む。
彼らもまた、かつては無茶な夢を追った探索者だったのだ。
「いいだろう。バスケ部の意思を尊重する。彼らに『冒険』をさせようじゃないか」
方針は決まった。
ダイナナ重工は、彼らのスポンサーとして、その背中を押す。
「して、彼らからの『要求』は?」
社長が尋ねる。
これほどの成果を持ち帰ったのだ。報酬の吊り上げか、あるいは最新鋭の設備か。
どんな要求であれ、呑むつもりだった。
しかし、鑑定員は言いにくそうに口を開いた。
「あ、あの……それが」
「なんだ。遠慮はいらんぞ」
「はぁ……。『このワープユニット、今のバイクに付かないから、新しいバイク買いに行くわ』とのことです」
会議室の空気が止まった。
「「「えぇ……?」」」
役員たちの声が重なる。
国家機密級のオーパーツを手に入れておきながら、彼らの関心は「自分のバイクに付くかどうか」だけ。
しかも、解決策が「我々に研究開発させる」のではなく、「別のダンジョンに行って、専用バイクを買ってくる」という、あまりにも短絡的なもの。
「……」
社長は、呆気にとられた後、腹を抱えて大笑いした。
「あっはっはっは! 面白い! 我々が数年かけて解析するものを、彼らは『現地調達』で済ませる気か!」
なんて痛快な子供たちだ。
大人の常識も、企業の論理も、彼らの「遊び」の前では形無しだ。
「いいだろう! 全力でサポートしろ! 次の目的地『黄昏の環状都市』のデータ、過去の観測記録、すべて彼らに提供せよ!」
ダイナナ重工は、完全に彼らのペースに巻き込まれ、そしてそれを楽しんでいた。
何かを積み重ねてきた大人たちと言うのは、往々にして、手のかかる子供が好きなのである。
★
一方その頃。
翠星高校、理事長室。
そこには、ダイナナ重工の熱気とは対極にある、澱んだ安堵の空気が漂っていた。
大型モニターには、ニュース番組が映し出されている。
光聖による「アバター狩り鎮圧」のニュースだ。
『――学生の自主性を重んじ、現場に全権限を委譲した理事会の英断に、称賛の声が集まっています』
「……ふん。当然だ。私が任命したのだからな」
理事長、御門良善は、ワイングラスを傾けた。
だが、その手は微かに震えている。
「危ないところでしたな……。もし光聖君が失敗していれば、我々は終わりでした」
理事がハンカチで額の汗を拭う。
「しかし、これで世間の批判は止みました。『光聖君の手柄』は、形式上『学校の手柄』です。プロジェクトの面目は保たれました」
「……ああ、そうだな」
良善は頷くが、内心は屈辱にまみれていた。
(忌々しい……! まるで私が光聖に助けられたようではないか!)
全権限を奪われ、蚊帳の外に置かれた結果、成功した。
それはつまり、「理事長の指示がなければ上手くいく」と証明されたに等しい。
(だが、今は耐えるしかない。光聖が成果を出し続ける限り、私の椅子は守られる……)
息子の成功に「寄生」することでしか面子を保てない。
その事実は、プライドの高い彼にとって、何よりの毒だった。
ギリギリで保たれた面子は、あまりにも薄く、脆い。
★
夜の職員室。
時任先生は、窓の外の夜景を眺めながら、一人静かにグラスを傾けていた。
「片や、未知のテクノロジーと子供たちの血筋に目を輝かせる『大人げない大人たち』」
ダイナナ重工の反応を思い出し、クスリと笑う。
「片や、既得権益にしがみつき、安堵の息を漏らす『つまらない大人たち』」
理事会の醜態を思い浮かべ、ため息をつく。
「どちらが『教育的』かは議論の余地があるが……どちらが『未来』に近いかは、明白ですねぇ」
その時、スマホが振動した。
蓮からのメッセージだ。
『次の目的地が決まりました。環状都市の資料、いただけますか?』
「……ふふっ」
時任先生は、満足げに微笑んだ。
「楽しい。その言葉だけが彼らを動かす。天崎刃多と言う規格外はともかく……黒川海斗君。彼がリーダーで本当によかった」
資料のいくつかに目を通す。
「ただ、環状都市は、バイクに乗る一人が強いよりも、みんなで挑む方がいい場所だ」
目にするのは、カタログ。
「あれほどの通貨を持っているなら、バイクを買ったうえで、『大型バス』の大きさがある移動拠点を買えるはず」
そして、何かを思い出したかのように……。
「ダンジョン内でしか動かない乗り物に関しては、運転免許が関係ないのが探索者の特例。さて、誰がハンドルを握るのやら」
彼のような人間にとって、『騒がしくなりそうな予感』は、好ましい展開だ。




