第27話 資神歴495年の報酬
資神歴495年、第七実験区画、最深部。
部室で『グーちゃんに会う』ことが決まった次の日。
プロトクローンとの激闘を終え、静寂を取り戻したその場所で、刃多は巨大な隔壁の前に立っていた。
『重要保管庫』。
蓮の推測によれば、ここには史実では失われたはずの「財団の遺産」が眠っているはずだ。
扉には、電子ロックも鍵穴もない。
あるのは、禍々しくも美しい、口を開けた竜の意匠――『暴食』の紋章が刻まれたレリーフのみ。
『ぴぃ!』
刃多の胸ポケットから、ピコちゃんが元気よく飛び出した。
「わたし!」と言わんばかりに鳴きながら、紋章に触れる。
ゴゴゴゴゴ……。
重低音と共に、紋章が輝き、隔壁が左右に開いていく。
「フム。王家の宝物庫は、王族にしか開けられない。古典的だが美しいセキュリティだ」
「とはいえ、ピコちゃんがいるかいないかは、ここに来れるかどうかに関わらない。血液サンプルが別ギミックで手に入る可能性はあるが……今はいいか」
モニター越しに航と蓮が感心する中、刃多は中へと足を踏み入れた。
★
そこは、実験資材置き場というより、「王族のための備蓄庫」と呼ぶにふさわしい場所だった。
まず目に入ったのは、うず高く積まれたコンテナの山だ。
刃多が一つを開けると、中からまばゆい光が溢れ出した。
「うわっ、眩しっ!」
翼が目を細める。
中に入っていたのは、『高純度魔石』。それも、Sランク級の輝きを放つ極上品だ。
「これ一個でいくらすんだよ!? 億行くんじゃねえの!?」
「一生遊んで暮らせるな……ま、部費にするけどよ!」
海斗が笑う。
バスケ部の資金力が、いよいよ国家予算レベルに片足を突っ込み始めていた。
さらに奥には、『王室用・最高級精霊フード』の山があった。
フリーズドライ加工されたそれを見て、ピコちゃんは歓喜のあまり刃多の頭上で踊り狂っている。
刃多がパッケージを一つ手に取ると、『入手から100年は食べられます!』と書かれている。
「よかったねぇピコちゃん! 向こう100年は困らないよ!」
栞も嬉しそうだ。
そして、デスクの上には、一枚の豪奢なブラックカードが置かれていた。
『チャージ済みプリペイドカード:10,000 Clock』
「1万!? さっきのネズミ退治のバイト代が5クロックだったのに!? いくらだよそれ!」
翼が絶叫する。
「……当時の貨幣価値は不明だが、おそらく『高級車一台』くらいは余裕で買える金額だろうな」
蓮が冷静に分析する。
だが、この部屋の「本命」は、それらではなかった。
★
倉庫の最奥。
厳重なケースの中に、一つの機械パーツが鎮座していた。
流線型のフォルムに、複雑な魔術回路が刻まれた、美しいユニット。
『試作型・空間跳躍機動ユニット《ワープ・ドライブ》』
「……これだ」
蓮がデータを読み取り、確信に満ちた声を上げる。
「やはりあったか。クロノミナル財団が開発していた、車両用のアタッチメントパーツだ。『短距離の空間跳躍』を可能にするが、制御が難しすぎて封印されていた代物らしい」
「ワープ……!」
刃多の目が輝く。
自身の『空間把握能力』と連動させれば、壁の向こうや敵の背後に「バイクごとワープ」することが可能になる。
まさに、刃多のためにあつらえたような装備だ。
「……付ける」
刃多は即座にアイテムボックスから愛用のバイクを取り出し、ユニットを装着しようとした。
ガチン。
硬質な音が響く。
だが、ユニットはバイクに噛み合わない。
接続端子の形状も、魔力パスの規格も、何もかもが違っていた。
「……付かない」
刃多がしょんぼりする。
「ダメか。お前のバイクはあくまで現代の『市販車』だ。ガソリンで動く内燃機関じゃ、このパーツは動かせない」
蓮が説明する。
「このユニットは、ダンジョンのギミックとして動く『魔力駆動エンジン』を積んだ機体でないと接続できないらしい」
「ギミックとして動く?」
「ああ。このダンジョンのクレーンや扉と同じだ。物理的な燃料ではなく、『ギミックの都合』で動く乗り物……そういう特殊なビークルが必要なんだ」
刃多は、ユニットが入っていた箱の底にあるタグを見つけた。
『製造元:第3車両開発局』
「第3車両開発局……それが手がかりか」
★
報酬を全て回収した刃多は、一旦、地下の駅に戻った。
切符売り場を見上げる。
「ねえ、チケット売り場に『資神歴500年』ってあったじゃん? あれって現代のことだよね?」
翼の提案に、海斗も乗っかる。
「試しに行ってみようぜ! 現代の廃港に戻れるなら、帰り道が楽になるかもな!」
刃多は頷き、フリーパスで改札を通った。
やってきた列車に乗り込み、『500年行き』を選択する。
光のトンネルを抜け、列車が駅に到着した。
プシュー、と扉が開く。
だが。
「……出られない」
ホームに降りた刃多の前で、改札のゲートが赤く光り、固く閉ざされていた。
エラー音が鳴り響く。
『エラー。エリア認証が必要です。「環状都市」の入港許可証を提示してください』
「……なるほど。そういうことか」
蓮が納得したように呟く。
「この『500年のクロノミナル駅』は、僕たちが知っている『現代の廃港』とは別の『位相』にある。ここから外に出るには、別のダンジョンのクリア……つまり『許可証』が必要なギミックになっているんだ」
どうやら、ここから楽に帰ることはできないらしい。
刃多は大人しく、元のルートで帰還することにした。
★
部室に戻った蓮は、即座にPCを操作し、検索を始めた。
「『第3車両開発局』……そして『環状都市』……」
既存の文明型ダンジョンの情報を、データベースと照合していく。
「……あったぞ」
蓮がモニターに地図を表示させる。
「文明型ダンジョン『黄昏の環状都市』。ここは全域が高速道路とジャンクションで構成された、車両推奨のダンジョンだ」
「道路のダンジョンか。バイクにはもってこいだな」
「ああ。そして、このダンジョンのどこかに、クロノミナル財団の『車両開発局』が隠されているはずだ」
蓮は結論を告げる。
「そこで、今回手に入れた『10,000クロック』を使う。この電子マネーは、その開発局で『専用バイク』を購入するための資金だ」
「専用バイク……」
刃多が、静かに、しかし強烈に反応した。
「ああ。ガソリンもバッテリーもいらない、ダンジョンのギミックとして動く高性能バイク。まさにゲームのようなマシンだ。それにしか、あのワープユニットは付かない」
刃多は、アイテムボックスの中にある、装着できなかったユニットを思い浮かべる。
そして、新しいバイクでワープする自分を想像した。
「……行く。買う」
即決だった。
「よし! じゃあ次の目的地は『黄昏の環状都市』だな!」
海斗が宣言する。
バスケ部は、有り余る部費と、電子マネーを握りしめ、次なる遊び場へと向かう準備を始めた。




